ここでは主に府中でのみ通用(筆者の周りだけ?)する用語用法と、多摩の方言について解説してあります。また、地名等に関してはその地域の歴史等についても解説をしています。
あ行 か行 さ行 た行 な行
| あ | |
| 赤丸(あかまる) 種別:祭礼用語 | |
| 赤く塗られた手丸提灯で、総代以上の者がもつ。 | |
| 朝っぱやし(あさっぱやし) 種別:祭礼用語 | |
| 祭礼の早朝に行う山車の巡行。 | |
| 浅野太鼓(あさのたいこ) | |
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石川県にある太鼓屋さん。府中市でも大国魂神社の二之宮の太鼓を皮切りに、御先払、五六之宮、三之宮、さらに各部落の大太鼓を手がけた。また、府中市外でも新しい大太鼓はほとんどがここ浅野製。
これらの大太鼓は、ほぼ例外なく外材(ブビンガ)を使い、太鼓の大きさもさることながら、、台車もかなり規格化がされているようで何処の太鼓も台車が高め。従って、軒並み打点が高くなっている。 | |
| あんぽんたん 種別:府中方言 | |
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「馬鹿」の意。
なんとなく「あんぱんまん」に似てるが関係はない。 | |
| 市川(いちかわ) 種別:名詞 | |
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市川用水のこと。本宿方面から、鎌倉街道に添って流れる用水。大国魂神社が背にする崖下、競馬場北側へと流れてゆく。現在は暗渠化されている。
元は多摩川が流れていた跡を用水化したものという。 | |
| 一膳(いちぜん) 種別:祭礼用語 | |
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1)太鼓ばちの数え方。お箸と同じく「一膳」「二膳」で数える。
2)府中での正式な太鼓の叩き方があり、その1サイクルを「一膳」(いちぜん)と呼ぶ。
一膳は七・五・三のサイクルである。その順は「空打ち三発(利き手)、利き手、利き手、利き手、返し、利き手、返し、利き手(7)利き手、利き手、利き手、返し、利き手(5)利き手、返し、利き手(3)」
「ドン・ドン・ドン」(空打ち)「オーライ・ドン・オーライ・ドン・オーライ・ドン・ドン・ドン・ドン・ドン。 オーライ・ドン・オーライ・ドン・オーライ・ドン・ドン・ドン。 オーライ・ドン・ドン・ドン」となる。 | |
| 一之宮(いちのみや) 種別:社号・地名・名称 | |
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1)一之宮神輿。明治期に作られており、現役の神輿の中ではもっとも古い。番場を元講とする五カ町が分担。この中で主に神戸と片町が担当。
詳細はこちら 2)武蔵総社一之宮。多摩市に鎮座する小野神社。大国魂神社より武蔵総社一之宮と認められた神社である。延喜式内論社であるが、菊池山栽説その他で、府中市鎮座の小野神社(通称:小野宮)の方を式内社とする説もある。だとすると総社の一之宮も、自然と小野宮になるが、現在ではこの意見は否定されているらしい。例祭はいずれも9月。 3)多摩市の小野神社のある一帯の地名。 4)小野神社の氏子。(一之宮講中として例大祭に参加を指す) | |
| 一之宮道中神輿(いちのみやどうちゅうみこし) 種別:名称 | |
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昭和35年まで多摩市小野神社より神輿がきていた。
飾り一之宮の項を参照。 | |
| 印伝(いんでん) 種別:名称 | |
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鹿革に漆で模様をつける、独特の技法。古くは鎧などの装飾に使われ、いまは合切袋や財布、パスケースなどに使用される。使われる柄は勝虫(とんぼ)、小桜、波、ひょうたん等の伝統的なものが多い。
お祭りでは、合切袋や雪駄の鼻緒等に使われている。 | |
| うざったい 種別:府中方言 | |
| いらいらして気分が悪い。といったときに使う。 | |
| 烏帽子(えぼし) 種別:名称 | |
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元服した男子の用いた袋状の冠物。奈良時代の圭冠(はしはこうぶり)から変化したといわれ、平安時代結髪の習慣の一般化とともに広く庶民
の間にも用いられた。公家は平服時に絹や紗で製し黒漆を塗ったものを、庶民は麻布製のやわらかいものを用いた。のち紙製で漆で塗り固めたものとなり、近世
まで公家・武士の間で用いられた。立烏帽子・折烏帽子・侍烏帽子・萎(なえ)烏帽子などがある。えぼうし。
と、難しく書いてはあるが、祭りで使用するのは、各宮号(一之宮であれば「一」、御本社は「本」、御霊宮は「御」等)の入った黒い帽子。ただし、 色が白い物もあり、これは中雀門内に入れる人だけが着用できる。役によっては、黄色や青色の烏帽子もあり、それぞれ役についていることを示している。 | |
| えら 種別:府中方言 | |
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「とっても」「非常に」「たくさん」の意。「えらく〜」というのが、短く詰まったものと考えられる。
お魚の呼吸器官とは異なる。 用例:「あいつんとこは、金をえら持ってんで。」(あの人の家は、お金をとっても持っているよ) | |
| オイサ(おいさ) 種別:祭礼用語 | |
| 類義語:ホイサ | |
| おいで 種別:祭礼用語 | |
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大国魂神社神輿渡御の事。5月5日深夜に行われていた。現在は治安上の問題もあり、午後6時発御。
おいでとおかえりは、古くは上記の通り深夜に発御で御旅所までゆき、すぐに神事を行い、そのまますぐにおかえりとなる一連の行事であった。 皆が一年で一番待ちこがれている時間でもある。 | |
| 大国魂神社(おおくにたまじんじゃ) 種別:名称 | |
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武蔵国の総社とされる古社。なおかつ府中の氏神様である。ここでいう府中とは府中の宿場であり、本町・番場・新宿を指す。これに六所神領(八幡宿・京所)を合わせて府中四ヶ町といい、これが祭礼の中心となっている氏子地域である。
例大祭には他の地域からもたくさんの奉仕者が集まるが、これ以外の区域にはそれぞれに氏神様が存在する。 大国魂神社は古くは六所宮、六社明神、とも呼ばれる。府中市鎮座。大国魂大神=大国主命を祀る。 | |
| 大警固(おおけいご) 種別:祭礼用語 | |
| 警固提灯の中でも、大きなサイズの物を指す。「警固」(けいご)の欄を参照。 | |
| おかえり 種別:祭り語 | |
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大国魂神社神輿還御のこと。5月6日午前4時から行われる。神輿は御旅所を出たあと、各分担町内を回って、お宮に帰る。
前日の余韻とともに、何となく寂しさが漂うのは筆者の胸の内だけであろうか? | |
| おかめ(おかめ) 種別:名称 | |
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お多福ともよばれる、頬のふっくらとした女性の面。
女性の面だからといって女性が舞うのではなく、これを男が舞って女性より「らしく」見せるのが芸であるという。 | |
| お仮屋(おかりや) 種別:名称 | |
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暗闇祭りで、神輿が一晩泊まる宿。府中街道と旧甲州街道の交差点にある。
同義語:御旅所 | |
| 小河神社(小河神社) 種別:神社名 | |
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あきる野市鎮座。二之宮の神社。例祭は9月9日。しょうが祭りと称する。
詳細はこちら 六所巡り 一之宮から三之宮編 | |
| 小川新田(おがわしんでん) 種別:地名 | |
| 東京都小平市。御本社太鼓講中がある。鎮守として熊野宮を祭る。 | |
| 御先払(おさきばらい)・お先の太鼓(おさきのたいこ) 種別:名称 | |
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御先払太鼓。神輿渡御全体の先導を勤める役太鼓。御先払講中が管理している。
現在の御先払の太鼓は皮面直径2mを誇る。非常に大きい太鼓である。 詳細はこちら | |
| 押立(おしたて) 種別:地名 | |
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東京都府中市。押立神社・本村神社を祀る。どんど焼きで有名。
押立神社の祭神はいわゆるお稲荷さんで、本村神社はスサノオノミコト。 例祭はそれぞれ9月と7月に行われている。 | |
| おしめり 種別:府中方言 | |
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日照り続きで乾燥してるときに、潤いをもたらすような雨を指す。
用例:「こんくれぇなら、おしめりに丁度いいやぁ。」(このくらいの雨なら、乾燥も防げていいです。 | |
| 御旅所(おたびしょ) 種別:名称 | |
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暗闇祭りで、神輿が一晩泊まる宿。府中街道と旧甲州街道の交差点にある。
同義語:お仮屋 | |
| 小田分・小田分村(おだぶん・おだぶんむら) 種別:地名 | |
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府中市東部に位置する小柳町の一部。小柳の地名は小田分と柳原の頭の字を組み合わせた。
鎮守として石井神社を祀る。 | |
| おっかく 種別:府中方言 | |
| 「欠く」「割る」の意。
用例:「茶碗を、おっかいちまっただよ。」(茶碗を欠いてしまったんです)等。 | |
| おっくう 種別:府中方言 | |
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「面倒」「かったるい」「ものぐさ」の意
用例:この年になんと、外へ出るだけでもおっくうでなぁ。」(これくらい年をとると、外に出るのも面倒です。) | |
| おっこぼす 種別:府中方言 | |
| 「こぼす」の意。こぼすの上に「お」をつけた、まことに丁寧な多摩の言葉。 | |
| おったたく 種別:府中方言 | |
| 「叩く」の意。叩くの上に「お」をつけた上品な多摩の言葉。 | |
| おったつ 種別:府中方言 | |
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「立つ」の意。「おったてる」だと「立てる」の意となる。多摩の人は上品かつ丁寧なので、思わず「お」をつけてしまいます。
用例:「おめぇ、後ろの髪がおったってんぞぅ。」(君、後ろの髪が立ってますよ) | |
| おっつく 種別:府中方言 | |
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「追いつく」の意。
用例:「早く行けよぉ!後ろがおっついちまうよぅ!!」(早く行ってください。後ろが追いついてしまいます。)等。 | |
| おっぱがす 種別:府中方言 | |
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「剥がす」の意。多摩の人の会話が和やかなのは、みんなが丁寧な言葉だからです。だって、「お」をつけた丁寧語が主流なんだもの。
用例:「これから、障子紙ぃを、おっぱがすだ。」(これから障子紙を剥がします) | |
| おっぱねる 種別:府中方言 | |
| 「はねる」の意。 | |
| おっぽる 種別:府中方言 | |
| 「放り投げる」の意 | |
| おっぺす 種別:府中方言 | |
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「押す」の意。
用例:「もうちっと、おっぺしてくれ!」(もう少し押してください)「ボタンをおっぺさねぇと、ひらかなかんべぇ?」(ボタンを押さないと、開かないんじゃないか?)等。 | |
| おっぷしょる・おっぺしょる 種別:府中方言 | |
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「折る」の意。たぶん知らない人が聞いたら、なんのことかと思うだろう。
用例:「庭の木を、おっぷしょっちゃったよぅ」(庭の木を折ってしまった)「おめぇが、竿をおっぷっしょったんだろう!!」(あなたが竿を、折ったのではないですか?) | |
| 小野神社(おのじんじゃ) 種別:神社名 | |
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1)武蔵総社において一之宮とされる神社。東京都多摩市鎮座。例祭は9月。
詳細はこちら 六所巡り 一之宮から三之宮編 小野神社の祭礼はこちらで 2)東京都府中市鎮座の小野神社。ただし、こちらは小野宮と呼ばれることが多い。 小野宮の祭礼はこちらで | |
| 小野宮(おののみや) 種別:地名・神社名 | |
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1)府中住吉町付近の旧地名。新編武蔵風土記には本宿村の小名として小野宮があがる。
一説によると、本宿村は元は小野宮周辺に集落をなし、多摩川の氾濫によって流され、ハケ上に移ったという。現在は四之宮講中。 2)小野神社 延喜式内論社 東京都府中市鎮座。小野宮の部落鎮守。 小野宮の祭礼はこちらで | |
| 帯(おび) 種別:名称 | |
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和服等を着る際に、着物がはだけないように腰のあたりに巻く布。
お祭りの時は平ぐけ、角帯等を使用することが多く、場合によっては帯の代わりにさらしを使う者もいる。帯の材質は綿や絹が一般的である。 ちなみに、帯といえばお殿がと腰元の帯を引っ張って着物を脱がす「大奥のムフフ状態」を思い出す向きもあろうが、これをする場合、ただ引っ張ると帯が締まるだけだという。 「うい奴じゃ!ちこう!もそっとちこう!」 「あれ、殿、なにをなさいます・・・・・・あ〜れ〜〜〜〜」 とやっても、回される側に回る気がないとクルクルはしない。 ・・・・ということなので、初心者は注意が必要である。 なお、筆者にクルクルされてもいいという妙齢の女性はメールにてご連絡を。 | |
| お宮(おみや) 種別:名称 | |
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府中で「お宮」(おみや)といえば大国魂神社のことである。
用例:「お宮に行かなくちゃいけない」(大国魂神社に行く用事があります)等 同義語:神社 | |
| オーライ(おーらい) 種別:祭礼用語 | |
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太鼓の上に乗る警固役が、叩き手が叩く、あいだあいだに警固提灯を皮面に下ろす。これによって太鼓の中心を教える。その際に掛ける掛け声。「おんらい」(おんらい:御来、御礼(?))または「ホーライ」(ほーらい:蓬莱(?)鳳来(?)宝来(?)この辺りが語源だろうか?)というのが本来だという説もある。語源は定かではないが、車がバックするときの掛け声のオーライとは違う。あの「オーライ」は元は英語あり「All right」から来ているものだからだ。
って言いますが、諸説紛々、本当はどうなんでしょう? | |
| オリャ(おりゃ) 種別:祭礼用語 | |
| 類義語:ソリャ | |
| か | |
| 買い物帳(かいものちょう) 種別:祭礼用語 | |
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お祭りの時、ツケで買い物をする習慣がある。その際に用いるツケ帳。
府中ではかなりの神通力があり、通常はこれで問題なく買い物ができる。しかし近年その神通力にも陰りが見え、特に、イトー○ーカドー等では通用しないというのが定説。一部コンビニでは使用実績ありだが、危険な行為であることに間違いはない。 バイトの女の子が混乱する可能性は大いにあるので、止めておくが吉。 | |
| 鏡(かがみ) 種別:祭礼用語 | |
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神前に置く鏡をはじめ、古来より鏡は権力の象徴であった。神輿の胴にも鏡は吊るされ、大国魂神社にも多くの銅鏡が残されている。
このほか、太鼓の叩き面を「カガミ」と称することもあり、これはその丸い形から連想し、このように称するようになったと推察される。 | |
| 飾り一之宮(かざりいちのみや) 種別:祭礼用語 | |
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過去、大国魂神社例大祭に、多摩市一ノ宮にある小野神社からやってきた神輿。
おいででは使用しない、文字通りの飾りの一之宮神輿だった。 しかし、一之宮の神輿が来ないとお祭りが始まらないとされた、大切な行事だった 江戸時代の文化文政期に小野神社から、新しく神輿が出来たので六所宮祭礼に参加したいとの申し込みがあったという。 このとき、祭礼に使用する一之宮神輿は、六所宮にすでにあった。しかし、武蔵国内の六所の神社から神輿が来て、例大祭を行っていたという故事に基づいて、神事への参加はできないが来ることは構わないという旨の回答をしたのだといわれる。 多摩市一ノ宮の小野神社を出た神輿は、そのまま多摩川の河原に出て、水が少なければ担いだままジャブジャブと河に入り、対岸へ渡したという。 一説には、対岸では府中の人々(おそらくは府中側の岸の村の者が中心であろう)が待っており、そこから担ぎ手は交代することになっていたらしい。 多摩川を渡ると担ぎ手は交代しなくてはならぬため、川に入った神輿はなかなか上がってこようとしなかったともいう。 岸の近くに寄ってはまた中程まで戻り、これを何度も繰り返してようやく上がってきたという。 水が多少多くても、一ノ宮の渡しには板橋があり、そこを通ったらしい。 あまりに増水が酷いときは、弓矢で御神体を飛ばしたこともあったそうだが、その後は関戸橋が開通してこちらを通るようになった。 多摩川を渡ると神輿は北上し、小野宮にある小野神社へと参拝し、分梅を経て市川に沿って府中へ来たそうで、市川沿いを渡御中に川に神輿を落としたことがあるという話しも残っている。 最終的には本町に立ちよって番場までやってきていた。 一ノ宮の神輿道中においては、本町までは一ノ宮が責任を持って神輿を渡御し、本町で神事を行い御霊を抜く。本町到着は15時頃が常で、小野神社の神官は動座祭に参加した。 その後、番場の仮屋へ渡御をする際には小野神社の氏子は後ろへ回り、番場をはじめとした府中の衆に前を譲って渡御したのだという。 この番場への渡御は華やかなもので、荒々しいおいでを前にした一つの見せ場だったという。 結局、昭和35年に、交通事情その他諸事情の変化によって中止となった。 理由は、多摩動物公園の開園に伴う渋滞があり、開園直後の渡御では車を蹴るなどしてトラブルになったという話がある。 その後、何年かはトラックで運んだりもしたものの、暗闇祭りそのものが昼間のお祭りへと変化したためこの行事が絶えたという。 なお、文化文政期に作られた神輿は、現在国分寺市の本多八幡神社にあり、現在も使用されている。写真によると屋根紋は巴紋、府中市郷土の森にある旧三之宮や宝物殿の旧四之宮などに似た形態である。 現在の多摩市一之宮の神輿は昭和になって作られたもので、先代に引き続きくらや祭りへの道中を行っていたが、先述の理由により中止。この神輿も以前は三つ巴の屋根紋であったものを昭和50年代に改修し、十六菊に変えている。 小野神社の祭礼はこちらで | |
| 片町(かたまち) 種別:地名 | |
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元は、番場宿の小名として古地図に載っている。旧甲州街道沿いの、番場の西側。南側に高安寺の敷地が大きく広がっており、町屋は街道の北側にしかなかったため、片町の名が付いた。
片町は番場宿の小名として挙がってはいたものの、祭礼時分担金の割り当てなどを見ると、明治の半ば頃まで番場宿番場に付随していた形になっており、集落として独立性が乏しかったと思われる。その後、人口が増加すると共に独立性を持ち始めたものと考えられる。 | |
| 金棒(かなぼう) 種別:祭り語 | |
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鉄で出来た棒で、頭部に鉄の輪をつけた鉄製の杖。行列では、警固の次に位置し、左右交互に地面を突く。シャンコンシャンコンいう音がする。
もしマイ金棒が欲しい奇特な人がいるなら、浅草の宮本卯之助商店あたりへ連絡するべし。 | |
| 金鑽神社・金佐奈神社(かなさなじんじゃ) 種別:神社名 | |
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武蔵総社五之宮。武藏国二之宮とされる古社。埼玉県児玉郡神川町鎮座。
社格は官幣中社。本殿を持たず、山そのものを御神体とする。 古くここに別当寺があり、修験で栄えたという。近くの山に鏡石という大石があり、それにまつわる伝説もいろいろある。 詳細はこちら 六所巡り 四之宮・五之宮編 | |
| 上石原(かみいしわら) 種別:地名 | |
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調布市上石原。布田五宿(国領、下布田、上布田、下石原、上石原)の1つ。近藤勇の実家がある。鎮守に若宮八幡を祭る。
なお、下石原もそうだが、「いしはら」ではなく「いしわら」が正解とのこと。 | |
| 上鈴木(かみすずき) 種別:地名 | |
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東京都小平市。古くは下鈴木、堀端鈴木などと共に鈴木新田に含まれる。鎮守として稲荷神社を祭っており、これは、貫井村に鎮座していた稲荷神社を勧請した。御本社太鼓講中がある。
鈴木新田は、武州多摩郡貫井村(現小金井市)の名主、鈴木利左衛門により開発された新田。 範囲は上鈴木(上水本町)、下鈴木(鈴木町1、2、花南11〜3)、野中新田善左衛門組(花小金井1〜6)堀端鈴木(御幸町)からなる。 | |
| 上染屋(かみそめや) 種別:地名 | |
| 東京都府中市。染屋村が別れ、上染屋村と下染屋村となった。鎮守として八幡神社をまつる。 | |
| 革半纏(かわばんてん) 種別:名称 | |
| 鹿革等で作られた半纏。元は火消し等が使っていたもの。 | |
| 関東(かんとう) 種別:名称 | |
| 通常は地域としての関東をさすが、五・六之宮の講中が古くから使っている半纏の代紋に「関東」を使用している。 | |
| 京所(きょうず)・京所町(きょうずちょう) 種別:地名 | |
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三之宮を分担。六所神領の部落で、神人などが住んだ。
明治21年に八幡宿から分派したという。 | |
| 脚半(きゃはん) 種別:名称 | |
| 脚半とは古くは脛巾(はばき)といい、朝服の一部であったもの。後に脛を守る保護具として旅人の装束となった。 | |
| くじ之宮(くじのみや) 種別:神社名 | |
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番場町の11軒の家が講に属している神社。(現在は9軒になっている)
漢字としてはもともと公事之宮とかいていたようだが、現在は別の字を当てている。この講は無尽講であったとも言われるが、由緒は不明。現在は宮西町の花蔵院境内にある。 昔、徴兵制であった頃は、徴兵から逃れられるたい旨を書いた絵馬等が奉納されていたという。これは公事の宮、つまり公のことの宮という名から、そのご利益を期待したのではなかろうか。 今期待するならば、くじの宮だけに、宝くじ当選祈願であろうか。年末ジャンボ購入の前後に参拝すると1等が当たるかもしれない。 例祭は2月8日。世話人が順繰りに宿を勤め、一昔前には太鼓を引き出して宿の前に置いていた。子供などがこれを叩いていると蜜柑をくれるなどした。現在は2月8日ではなく、その近辺の日曜などに振り返られることが多い。 研究者によると昔の行事は「ようかぞ」の要素も加わっていたらしいとのこと。 | |
| 熊野神社(くまのじんじゃ) 種別:神社名 | |
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1)本宿村鎮守。社殿裏の山が実は貴重な上円下方墳という形式の古墳。考古学的には貴重らしい。ただ、神社は江戸期に現在の位置に移転したようであるため、神社と古墳との関係があるかは不明。本宿の山車小屋は古墳を削って作っちゃっているので、移転するといううわさあり。
2)本町の小名、矢崎の部落鎮守。 | |
| くらやみ祭・暗闇祭(くらやみまつり) 種別:名称 | |
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東京都府中市の大国魂神社例大祭のこと。
本ページの最大のテーマでもある。 | |
| 車返(くるまがえし)・車返村(くるまがえしむら) 種別:地名 | |
| 府中市内。元は車返村という村落だった。八幡神社を氏神とする。三之宮講中。 | |
| 警固(けいご)・警固提灯(けいごちょうちん) 種別:祭り語 | |
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1)提灯の種類のこと。いわゆる警護ではなく、祭りの場で「けいご」といえば、行列を先導する大きな提灯で、前面には宮名や町名等が入る。
なお、この警固提灯の中でサイズが大きい物を「大警固」(おおけいご)と呼ぶ。 行列では、この警固が仕切りとなり、この警固の列の正面に立つのは失礼とされる。また、警固提灯の列の間を通り抜けることは許されず、必ず両端を通行することになっている。 喧嘩の際には、警固提灯を上に高く差し上げ、喧嘩が始まったことを知らせる。逆に言うと、安易に上げてはいけない大事な関門の役目をする。 太鼓の上にはこの警固提灯を持った者が二名乗り、見張りの役をする。現在では、おいでの際の太鼓の定位置が定められているため、見張りの意味はあまりないが、過去には定位置が決められておらず、これが騒動の元となったようである。 また、他の役割として、太鼓を叩く間にこの警固を皮面の中心に下げ「オーライ」という掛け声を掛けて、叩き手に太鼓の中心を教えるのに役立っていた。 これも、暗闇祭りが本当に暗闇で行われてた頃の名残であるが、そうでもしないことには真っ暗な中で太鼓を叩くことも大変だったのだろう。 警固提灯を奉持して歩く際、弓の先をアスファルトで削りながら歩いている様も見かけるが、これはみっともないことである。昔から警固提灯を地面に引きずって歩くのは良くないとされる。昔の人はけして引きずるような真似はしなかったし、また、そういうことをするとたしなめられたもの。現在も心得ある人は引きずったりはしていない。 また、警固提灯の奉持の仕方だが、弓の上部の竹ざお部分を奉持する。この握り方が、持った提灯をそのまま提灯を振り上げたときに、提灯を頭上に振りかぶるよう(そのまま振り下ろすと相手をひっぱたけてしまうような)な握り方をするのは良くないとされる。 特に、太鼓の上乗りがこの形で提灯を持つと、上げ下ろしの際に提灯をあおるような形になることが多く、これは相手と喧嘩をして叩き合うような形になることから「喧嘩警固」と言って、相手に対し攻撃を示す、あるいは喧嘩支度を整えている形に通じるため、通常は良くないとされる。 この喧嘩警固の握り方の説明は文章だけでは難しいが、良いのは警固堤燈を持った際に、親指が上方にくる形である。喧嘩警固とは、親指が下方を向く形で持つことで、ちょうど剣道で竹刀を下段に構えたときのような形になる。 剣を下段で構えると同様、振りかぶれば相手を撃つ姿勢となることから、喧嘩の時の形=喧嘩警固とされる。 2)警固提灯を持つ人のこと。 用例:「おおーい!警固!もうちっとゆっくり行こうや〜!」(警固の人たち、もう少しゆっくり歩いてください。)「警固入れろ警固!!」(太鼓の上の警固役の方、掛け声を入れてください)等。 | |
| 欅若連(けやきわかれん) 種別:名称 | |
| 府中囃子保存会欅若連支部のこと。町内を持たない同好会で、山車を新調する際には会員の手で作り上げるなど、手作りの味を大切にした活動をしている。 | |
| 喧嘩(けんか) 種別:名称 | |
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祭の喧嘩(けんか)は昔から後を引かないというのが決まり。
祭の喧嘩を、あとになってもウジウジ言うのは良くない。とされる。 昔から、暗闇祭りでは喧嘩も多く、死人が出るケースもあった。おいでの時等は、他の宮と喧嘩となった場合は警固を上にあげ、関門が開く。昔の人は警固が上 がると、要所要所に隠しておいた青竹(竹槍)を取りに行ったという。それで殴り合う、あるいは突き合うのだから恐ろしい。また、喧嘩になると、六尺ふんど し一本の姿となって、鉄棒を振り回しながら突っ込んでいく猛者もいたとか。 特にいわゆる三国人や競馬場建設当時などの、人足が多く入り込んでいた時期には大変だったという。 喧嘩のエピソードはそれこそ山ほどあると思うが、聞いた話をいくつか紹介する。 一つは、番場を中心とした町が、御本社と一之宮を隔年分担していた当時、御本社がやられているということを聞いて、一之宮を担当していた連中は神輿を下ろして、救援に行ったという。 筆者の手もとに、最近いただいた、四之宮神輿と五六之宮太鼓と思われる太鼓の喧嘩の写真がある。これは昭和30年頃という古い写真だそうだが、神輿は太鼓に突っ込むようになっており、太鼓に上がっている人間の持つ警固は弓だけになっている。 太鼓の上ばかりか、神輿の上にも何人かの男がよじ登り、怒声を上げている図で、その周辺は手丸堤燈を持った男で埋め尽くされており、やはり壊れた手丸もいくつも見受けられるといった様子だ。ただ、面白いことに、周辺には警官の姿も見られるが積極的に介入しようとする様子は無い。出所が不明なのでHPでは使えないのだが、それが実に惜しく感じられるいい写真である。 また、太皷の喧嘩の話で、太鼓の喧嘩は太皷同士をぶつけ合う激しいもので、一つには、この喧嘩で競り勝つために太皷が巨大化したといってもいい。町の威勢を示すというだけではなく、実戦的理由がここにある。 太皷同士の喧嘩となった場合、素早く相手に尻を向け、そのまま相手の太皷にぶつける。特に、鏡と呼ぶ太皷の皮面にたいして垂直にぶつけると、相手の太皷が台車から転げ落ちることにもなった。太皷が転がれば当然上乗りも落ちることになり、それはそれは荒っぽいものだったそうだ。 また、太皷に載る上乗り同士では、警固提灯でひっぱたきあい(まさに喧嘩警固)、時には相手を弓で引っかけて下に落とす。上乗りも昔は何人もが警固を持って太鼓にあがり、それはそれは綺麗だったそうだが、結局武器になるので上乗りの使う警固は2本に限定されたとのことである。 特に、番場と新宿は折り合いが悪かったそうで、確かに今でもその名残はある。 おいでの時には五六の太鼓(新宿)と御本社の太鼓(番場)は前後して行列を組むのだが、毎年のように喧嘩をしていたそうだ。特に大鳥居を出たところでよく喧嘩したという話を聞く。 鳥居を出たところで太鼓の頭を回し、台車の尻を相手に向ける。つまり、「かかって来い」あるいは「行くぞ」ということなのだという。このあとは先述のとおり太鼓をぶつけ合い、殴りあうことになる。 また、おかえりのときに、新宿は先代の山車の破風を外し、押し出してきたことがあったという話もある。なぜお帰りかはわからないが、おいでの時になにか遺恨が残るようなことがあったのだろう。 | |
| 神戸(ごうど)・神戸町(ごうどちょう) 種別:地名 | |
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番場の東。お宮から府中街道と甲州街道の交差点にかけての、甲州街道沿いの町。番場宿の小名として古地図に載っている。
江戸期の地図を見ると神人などが住み、さらに昔は菊池山栽説によると、元は延喜式に見られる大麻止乃豆乃天神(オホマトノヅノアマツカミノヤシロ)に与えられた封戸(フコ:食封をあてられた課戸。神社の土地を耕して、作物を納める。律令制で神社に与えられた小作人の家といったところか。)の集落ではないか?というが定かではない。 | |
| 講中(こうじゅう) 種別:名称 | |
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講中とはいわゆる「講」の組織。一種の信仰の集団でである。
大国魂神社の祭礼においては、密接な氏子地域としての「四カ町」と、他地域から集まってくる人々の集団「講中」という組織が協力し合って成り立っている。 大国魂神社の直接の氏子である四カ町住人を主に町内と呼び、それ以外の区域の住民を講中と呼ぶ。講中として府中の祭りにくる人々は、大国魂神社以外に自分たちの住居地に氏神様・鎮守様となる神社を持ち、そちらはそちらでお祭りをしていながら府中のお祭りにも参加しているもので、当然のことながら一種の客分的扱いをされることが多い。 講中と町内の関係は各宮によっても異なるが、一般的に町内が中心となり、各講中が町内に協力して祭礼は運営されている。ただし、また逆の例もあり、古くは太鼓は太鼓講中のものであるため、太鼓講中がこなければ太鼓に手を触れることができなかったというケースもある。これは、太鼓を作ったのが講中であるため、その運行は講中の責任で行われるためである。 | |
| 合法ドラッグ Japan(ごうほうどらっぐ じゃぱん) 種別:名称 | |
| 通称日本酒ともいわれる。とても危険な飲み物。 | |
| 小金井小次郎(こがねいこじろう) 種別:人名 | |
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多摩郡下小金井村鴨下の名主、関家六代目勘右衛門の次男。三多摩と相模にまたがって3000人の子分をもっていたという侠客。新門辰五郎の兄弟分。
小次郎は13歳ほどで親の金を持ち出して勘当され、無宿人となった。その後、府中の万吉にかわいがられたという。藤屋万吉とも呼ばれるこの親分は、当時は関東一といわれた府中の高市ばかりでなく、現在の川崎横浜あたりまで縄張りを持っていた。 万吉の子分と共に小次郎が、小平堀端の田折の与惣兵衛一家を二塚明神にて襲い、数名を殺害した。その足で草鞋を履いた。 3年後に房州で捕縛され、人足寄場に入れられた。ここで、新門辰五郎と出会い、兄弟分となる。辰五郎は火事場の喧嘩出入りで刃傷沙汰を起こし、収容されていたものという。 弘化3年の正月、本郷から出火。火は瞬く間に下町まで広がり、人足寄場も類焼しかけたが、新門辰五郎は火消しの本領を発揮。役人への進言を行い、小次郎と2人で油倉の目留めをした。この2人の活躍により寄場は火を免れて、その功によって特赦を得る。 特赦により釈放された小次郎は、小次郎の服役中に遠島となっていた府中の万吉の跡目を継いで3000人の子分を持つにいたる。 親分として10年を過ごした頃、当時禁止であった勧進相撲を興行。結果、たまたま風邪をひいて寝込んでいたところを、八州廻りに捕縛され、賭博の罪で、翌年三宅島へ流された。 流罪となった小次郎は三宅島で流人たちを動員して、島の水不足対策のために貯水槽を造るなど、功績を上げる。この貯水槽の目地に使った漆喰は、新門辰五郎や博徒仲間に頼んで送ってもらったものだという。 この小次郎によって作られた貯水槽は、昭和40年頃に簡易水道が完備するまで使用されていたという。 小次郎が流されて12年後に幕府が大政奉還。その折の特赦によって、貯水槽の功もあった小次郎は赦免となる。 小次郎は明治14年63歳で大往生。小金井市の墓所に葬られた。 ちなみに、新門辰五郎を介して小次郎の兄貴分となる清水次郎長は、明治維新達成 に徳川慶喜公とともに駿府へやって来た御家人のために富士山麓の開墾をやってい ほか、日本初の英語学校を開くなど、小金井小次郎が三宅島で行った善行と同様、 世の中に貢献をしているのが面白い。ヤクザ者とはいっても現代のそれとは趣を異にしているといえよう。 | |
| 国府八幡宮(こくふはちまんぐう) 種別:神社名 | |
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現在の八幡町、旧八幡宿村に鎮座。大国魂神社の境外摂社。例祭は八月。
国府八幡宮の祭礼はこちらで | |
| 古式競馬祭(こしきけいばさい) 種別:名称 | |
| 駒くらべのこと。駒くらべの項を参照。 | |
| 輿守(こしもり) 種別:名称 | |
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1)各宮に1人、神輿の番人としてつく役割の人。御旅所の中では寒さに耐え、夜も眠れず神輿に常に張り付いているという大変な役割。
輿守は蔵がないと出来ないのだという。要は神輿に何かあれば弁償しなくてはならないという意味があり、経済力が必要だということ。 2)元は神輿の管理をすべて任されていた神人。神輿の保管もこの輿守の宅にて行っていたらしい。 | |
| コトブキビリヤード(ことぶきびりやーど) 種別:お店 | |
| 府中でビリヤード屋さんと言えばここ。トップページのリンクから飛んでね! | |
| こば(こば) 種別:府中方言 | |
| 「角(机や柱等の)」の意。 | |
| 五之宮(ごのみや) 種別:名称 | |
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1)五之宮神輿 明治33年に製作された。新宿が分担。
詳細はこちら 六所巡り 四之宮・五之宮編 2)武蔵総社五之宮。児玉郡神川町に鎮座する金鑚神社。例祭は4月15日。 詳細はこちら 六所巡り 四之宮・五之宮編 | |
| 駒くらべ(こまくらべ) 種別:名称 | |
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古式競馬式のこと。毎年5月3日の夜に、大国魂神社の参道である馬場大門欅並木にて行われる。この行事は、四ヶ町が各一頭の馬を出し、一之駒(いちのこま)から四之駒(よのこま)までの計4頭の馬を走らせる。
過去においては4頭ではなくもっと多くの馬を走らせていた時期があるとか。 平成十九年より馬が六頭に増えた。 | |
| この馬鹿(このばか) 種別:祭り語 | |
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祭の時によく用いる二人称。親愛を込めて言う。
しかし、時折本気で馬鹿にしていることもあるので注意が必要。 用例:「この馬鹿のしょんべんが、なげぇから、時間に遅れっちゃったのよ。」(この方がお手洗いに行っていたので、時間に遅れてしまいました) | |
| 御本社(ごほんしゃ) 種別:名称 | |
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御本社神輿。番場を元講とする五カ町が分担。現在は主に番場、西馬場、屋敷分で担当。
大国魂神社の主祭神「大国主尊」のお神輿。現在の神輿は昭和48年に新調。欅材で作られており、白木の神輿である。 詳細はこちら | |
| 御本社太鼓講中(ごほんしゃたいここうじゅう) 種別:名称 | |
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御本社の太鼓講中。現在は小金井の貫井を中心に、小平市の上鈴木、堀端鈴木、小川新田、鈴木新田、新座市の片山の計6つの講中から構成されている。
また、古くはこの他に、大泉村(練馬)、神代村(調布)、都築郡石川村保木(横浜)等々、多くの地域から集まっていた。 現在、御本社太鼓講中として実際に参加しているのは6つの講中だが、太鼓の上乗りが使う大警固には以下の講中名が残っている。 小金井貫井 : 東京都小金井市 小平市廻り新田 : 東京都小平市 小平上鈴木 : 東京都小平市 小平堀端鈴木 : 東京都小平市 小平下鈴木 : 東京都小平市 小平小川山谷 : 東京都小平市 小平小川新田 : 東京都小平市 小平通り野中 : 東京都小平市 小平堀端野中 : 東京都小平市 都築郡山内村石川 : 神奈川県横浜市青葉区 都築郡元石川町保木 : 神奈川県横浜市青葉区 都築郡向岳村平 : 神奈川県川崎市 大泉村小樽 : 東京都練馬区 埼玉県片山村栗原 : 埼玉県新座市 神代村入間 : 東京都調布市 保谷町下保谷 : 西東京市 小平大沼田新田 : 東京都小平市 貫井は小金井市の貫井で、太鼓講中の元講をなす。太鼓長は貫井が務めている。大祭の前には講中周りという行事を行うが、御本社太鼓講中には番場から貫井へ使者が赴き、それを受けて貫井から各講中へと使者が走ったのだということである。 小平の各講中がある鈴木新田は貫井を親村として開拓された村であり、その名の通り貫井の名主の鈴木氏が中心となって開発したものらしい。上鈴木、下鈴木、堀端鈴木などがこれに含まれ、その縁もあって参加しているものと考えられる。講中の組織が広がる過程はさまざまであろうが、親類や姻戚等の縁故を伝ってゆく場合が多いと推察される。親子関係のある村の場合、そういった親類が住んでいる場合も多々あるであろうから、元講となった貫井からこの辺の縁故関係を中心に広がっていたものと考えられる。また、小川や野中といった地域は先述の上鈴木とも近く、また江戸期に玉川上水が開通したことによって開発された村という点で共通性が多く、これもまた非常に交流の起こりやすい地域であったと推察される。 都築郡元石川町保木は現在のたまプラーザ駅の近くで、このあたりの鎮守は十社宮である。ここには「保木の大太鼓」と称するする太鼓があり、これは地域の人が御本社太鼓講中として府中に来るうちに、刺激を受けて作られたものと考えられる。 一部ネット上などの記述で、この保木の大太鼓が大国魂神社例大祭に参加していたという記述があるが、これは間違いである。あくまで地域の人たちが講中として御本社太鼓に参加していただけで、この太鼓を持ってきていたという事実は無い。 都築郡山内村石川も元石川町保木とほぼ同じ地域を指すと考えられる。 都築郡向岳村平は調べたところ、都築郡に該当する村名を見つけることは出来ず、提灯への記載ミス等を考慮して検索範囲を広げた結果、橘樹郡(たちばな)の向丘村(むかおかむら)の平地区と推定できた。古くは平村と呼ばれて一村をなし、その後合併により向丘村平となった。向丘村はいまの川崎市の高津区、多摩区、宮前区にまたがる地域で、向ヶ丘遊園(すでに閉園)は元々は向丘村の名からとったものである。 大泉村小樽と書かれているのは東京都練馬区、いまの大泉学園のあたり、西大泉に小榑村(こぐれむら)という村があり、この地域であろうと推察される。この地域は埼玉県の新座市に隣接した地域で、一時は新座郡(にいくらぐん)に属していたこともある。 埼玉県片山村栗原は、いまの埼玉県新座市でここにはまだ栗原の地名が残る。西東京市に隣接し、練馬とも近い。 保谷町下保谷はいまの西東京市で、以前は保谷市だった。ここは先述の片山村栗原や大泉とも近い位置になる。 詳細はこちら | |
| ごみ箱(ごみばこ) 種別:名称 | |
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ごみを捨てる箱。府中方式は大きな鉄の箱が町においてあり、燃えるごみは青い箱、燃えないごみはオレンジの箱に入れる。最近はそのそばに資源ごみの回収の箱があったりもする。便利なせいか、他市から車で捨てに来るほど人気があるとか。まったく困ったものである・・・というより、来るんじゃね〜よ!ばかやろう!・・・と思うのが人情であろう。
で、なぜこの用語集に登場するかというと、これを叩く、あるいは蹴飛ばすと大太鼓と同じような音がするのである。子供のお祭りごっこのアイテムとして秀逸。できれば竹ボウキを傍に備えておいてくれると実にありがたい。 | |
| 御霊宮(ごりょうぐう・ごれいのみや) 種別:名称 | |
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御霊宮神輿。明治30年頃新調。一説によると素戔嗚尊を祭る。分担は本町中組。御霊宮の古い神輿は八幡宿の原で掛け合いで壊されてしまったという。
正式には「ごりょうぐう」のようだが、「ごれいのみや」あるいは「ごれい」と通称される。「御霊(ごりょう)」とは怨念をもって死んだ人の霊魂で、疫病をもたらすとされ、御霊を祀ることで疫病を除けようとするものである。 日本では、古くは死者の霊というものを極度に恐れ、特に無残な死に方をしたものの祟りを恐れる傾向があった。王権・政権の簒奪が行われ、無残な死を遂げた以前の権力者を手厚く祀り、あるいは徹底的に封じ込めようとしたばかりでなく、通常の死者に対しても、それが甦らぬように封じ込めるような形態で墓を作った。このような下地があり、それが時代の変遷で御霊信仰になっていたものと思われる。 この「御霊」というものには8という数字がひとつのキーワードとなっているようで、素戔嗚尊の御子は八柱とされ、同神とされる牛頭天王の祭られる神社は「八坂神社」「八雲神社」という社号が多い。 また、京都の上御霊神社、下御霊神社の祭神はどちらも八柱。 そして御霊宮神輿に御旅所であげられる御膳は他の神輿が2膳であるのに対し、8膳である。この点、ひとつのつながりがあり、なかなか面白い。 このくらやみ祭りにおける御霊宮については、御霊信仰のいわば怨霊に対する信仰を元にしたお祭りがくらやみ祭とはべつにあり、それがいつしかくらやみ祭に合わさったものという。その元あったお祭りというのは、一説によると7月のすもも祭りにあたると指摘する説もあり、これは祇園会等の疫病除けのお祭りが7月を中心に行われることなどからそう言われるものであろう。 例えば、八坂神社・八雲神社を称する神社のお祭りは、京都の祇園祭をはじめ、祇園会・天王祭と称される場合が多く、疫病除けを目的として、古来より疫病が流行りやすかった夏場(7月頃)に行われることを特徴とする。このことから、すもも祭りも古くは一種の祇園会であった可能性があるといえる。 詳細はこちら | |
| 是政(これまさ) 種別:地名 | |
| 現在の競馬場から南の辺り。是政村。井田是政の名に由来し、部落鎮守として八幡神社をまつる。 | |
| さ | |
| 酒(さけ) 種別:名称 | |
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主に、米や麦などの穀類を原料に造られる、アルコールを含んだ飲料の総称。アルコールは飲用することで脳を麻痺させ、その機能を一時的に低下させる効果があり、また飲用した人間には高揚感を覚えさせるなど、いわゆる「酔っ払い」の状態を作り出す。多量に飲むと、寝る、暴れる、踊る、嘔吐する、気を失う、金を失う、記憶を失う、操を失う、面目を失う等といった症状を招き、とても危険。
人は、疲れた時、めでたい時、がんばった時、終わった時、始まる時、困った時、困らせた時、めでたくない時、やけを起こした時、失恋した時、うれしい時、悲しい時、単に飲みたい時など、さまざまな理由をつけてこれを飲用する。とくに、お祭りでは切っても切れぬ存在とされ、昼間から大手を振って飲むことができる。 祭りでは麦を原料にしたビールや、主に穀類や芋等を原料にした焼酎、米を原料にして造られるいわゆる日本酒が好んで飲まれる。 特に日本酒は神に捧げる酒「御神酒」としても使われる。それだけに、ビールや焼酎に比べて特に強力な神通力があり、美味な反面、アルコール度のわりに危険が大きいもので、「酔っ払い」への近道である。 この日本酒は、一部で「合法ドラッグ Japan」とも呼ばれており、「ジャパンあるよ」または「次はジャパンいく?」という魔の一言で毎度のように知れきった往生を遂げる人もいるとかいないとか。 | |
| ささら 種別:名称 | |
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お祭りの際、神輿渡御の道を清める道具。青竹を切り、先を割ってある。神路清浄は新宿の役目。
昔は、各神輿にも金棒や高張りと共に、一対がついたが、喧嘩の道具になるため禁止された。 昔はささらの調子をとるために、府中小唄を唄ったという。 | |
| 刺子・刺子半纏 種別:名称 | |
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刺子とは柔道着のような布。この布を使って作った半纏を刺子半纏といい、昔は火消しが使った。
火事の時、水をかぶると水をよく含むため燃えにくい。 今、お祭りで見かけるものは多くが、美しい絵の描かれたものが多い。この絵に惹かれ、各地に愛好家がいる。 特に絵入りのものを絵刺子という。 | |
| さらし 種別:名称 | |
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晒し木綿のこと。包丁一本♪さらしに巻いて〜♪という歌もあるが、男は喧嘩の時に腹に巻き、女は妊娠中に腹に巻くなど、ここ一番という大事な場面では人間にも巻きつけられる。
祭りでもちょくちょくと登場し、神輿の飾り綱等に巻かれたりするし、何よりも大事な役目として、ご神体を神輿の中に固定するのもさらしを使う。 この、御神体を固定するために使用したさらしは6日に町内に下げ渡される。 この晒しは妊娠中の女性が腹に巻く腹帯に使うとよいとされ、珍重される。 | |
| 三之宮 種別:名称 | |
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1)三之宮神輿 昭和9年に製作された。大国魂神社の神輿の中で一番重い。京所の分担。
詳細はこちら 六所巡り 一之宮から三之宮編 2)武蔵総社三之宮。さいたま市に鎮座する氷川神社。 詳細はこちら 六所巡り 一之宮から三之宮編 | |
| 潮盛講・汐盛講(しおもりこう) 種別:名称 | |
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品川潮盛講のこと。4月30日に品川海上にて海水を汲み上げ、大祭中の清めの水に使用する。
なぜ品川か・・・というと面白い話もあるがここでは触れないことにする。 | |
| 四ヵ町(しかちょう) 種別:名称 | |
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府中の中心となっていた町。府中三宿と呼ばれた本町、番場、新宿の一町二宿に元の六所神領(京所と八幡宿)を合わせた地域。ただし、一部、小名として上がる地域は除かれる。
この地域が本来(あるいは狭義での)の大国魂神社の氏地でもある。この地域の住民は大国魂神社例大祭に参加する他の地域とは違って、他に氏神とする神社を持たない。(八幡宿には国府八幡宮があるが、これは大国魂神社の境外摂社である) つまり、四ヵ町住民にとって、くらやみ祭りとは自分たちの鎮守様のお祭りである。 現在は府中市の各地域が参加し、市全体のお祭りのような感もあるが、狭義で捉えた場合、大国魂神社の例大祭はこの地域にすむ氏子のお祭りであり、明治以来、実際その運営は四ヵ町の住民が中心となっているのはその為である。 | |
| 獅子(しし)・獅子頭 (ししがしら) 種別:名称 | |
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1)ライオンさんのこと。
2)ライオンを基に想像された獣。彫刻などのモチーフとなる。また、獅子を模した頭、獅子頭をかぶり、囃子にあわせて舞う。いわゆる獅子舞。 | |
| 獅子田(ししだ) 種別:名称 | |
| 篠笛の銘。獅子田流篠笛といい、名は獅子田太郎に由来し、この流れを汲む何人かの作者が獅子田の銘を使っている。 | |
| 篠笛 (しのぶえ) 種別:名称 | |
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囃子で使われる木管楽器。篠竹(女竹)で作られることから篠笛という。
原理的にはフルートなどと同じ。 囃子で使われるものは古典調や囃子用といわれるもので、西洋のドレミ音階とはなっていないため、ポップス等の演奏はできない。 音程は笛の長さで決まり、その音の高さにより1本調子(低音・長い)から13本調子(高音・短い)までがあり、府中囃子では通常3本調子〜5本調子が使われている。 篠笛の作者は、獅子田(ししだ:獅子田流篠笛といい、獅子田太郎の流れを汲む複数の笛師が名乗る)が最も普及しており、このほか、朗童(ろうどう)、蘭情(らんじょう)、丸山(まるやま:獅子田系 京都の俣野眞龍・他)、鳳声(ほうせい)等が見られる。 | |
| 芝間(しばま) 種別:地名 | |
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もとは、本町の小名。芝間。府中市南町近辺の部落。部落鎮守として稲荷神社をまつる。
芝間の祭礼はこちらで | |
| 清水下(しみずした) 種別:地名 | |
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番場の南側のハケ下を指す。本町との境で現在は南武線の北。元は崖から清水がこんこんと湧いており、名の由来となった。南武線は雨が降るとすぐに水浸しとなったという。
沸いた水は、市川に注いでいた。 | |
| 下石原(しもいしわら) 種別:地名 | |
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調布市。布田五宿(国領、下布田、上布田、下石原、上石原)の1つ。鎮守に八幡神社を祭る。
古くからの獅子舞が残っており、ここの祭礼では宮神輿が無く、太鼓が中心である これは、獅子舞の獅子に神が降りるから神輿はないのだという。 なお、上石原もそうだが、「いしはら」ではなく「いしわら」が正解とのこと。 下石原の祭礼はこちらで | |
| 下河原(しもがわら)・下河原線(しもがわらせん) 種別:地名 | |
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1)府中市中河原の少し下流。下河原という部落があった。
下河原(南町)の祭礼はこちらで 2)昔は国鉄下河原線という路線があり、主に多摩川の砂利を採取して輸送していた 現在は線路あとを緑道化。 | |
| 下染屋(しもそめや) 種別:地名 | |
| 東京都府中市。染屋村が別れ、上染屋村と下染屋村となった。鎮守として神明神社をまつる。 | |
| しょうがんねぇ 種別:府中方言 | |
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「仕方ない」「しょうがない」の意。
用例:「こんなにしちゃっちゃぁ、しょうがんねぇやなぁ。」(こんなにしてしまっては、仕方ないですね。) | |
| 調(しらべ) 種別:地名 | |
| 囃子で使う締太鼓のこと。 | |
| 新撰組事件(しんせんぐみじけん) 種別: | |
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昭和9年の大国魂神社例大祭でおきた事件。新撰組は、今の機動隊に相当する警察の部隊で、手には六尺棒を持っていたという。
この部隊と大祭関係者の間で起きた騒動が新撰組事件と呼ばれる。 資料によると、警備のために配置された新撰組が、おいでの最中に神輿の担ぎ手を暴徒と見做して、これを六尺棒で打ち、鎮圧しようとする事態が起きた。 担ぎ手たちは何ら特殊な行動をとったわけではなく、いつもどおり神輿を担いだわけであるが、警備に回されてきた外部の人間である新撰組隊員が荒々しい担ぎぶりを勘違いしたもの発端と推察される。 新撰組は、担ぎ手たちを手にした六尺棒で打ち、これに反発した地元衆が新撰組に対して反撃。投石をするなど石合戦の様相を見せた。 この騒乱で、前代未聞の隋神門が閉門される事態となったという。 結局、新撰組隊長が自分たちの理解に不足があったということで、隊員から六尺棒を取り上げ、騒動は鎮静化したという。 この騒動、古い話であるが新住民と旧住民間の意識のずれや、祭礼等の伝統に対する外部者の理解不足が原因で起こる軋轢など、今も内在した問題であるといえよう。 旧住民・関係者による新住民・外部者への啓蒙の姿勢と、新旧あるいは内外の交流が重要であると切に思う。 | |
| 神幸門(しんこうもん) 種別:名称 | |
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本殿前のお白州へ入るための門。
昔は中雀門ではなく、おいでの際はこの神幸門が閉じられていた。 | |
| 神社(じんじゃ) 種別:名称 | |
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府中で、「神社」(じんじゃ)といえば、大国魂神社です。
用例:「神社に行って来る。」(大国魂神社に行って来ます。) 同義語:お宮 | |
| 新宿(しんしゅく)・新宿町(しんしゅくちょう) 種別:地名 | |
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府中四ヶ町のひとつ。大国魂神社大鳥居から東側の旧甲州街道沿いの町。もっとも新しい宿場と言うことでこの名が付いた。古くは釆女宿とも呼ばれていたようだ。
新宿は五六之宮の分担である。また、筆者は新宿というとすぐに「道清め」を思い出す。 | |
| 新宿山谷(しんしゅくさんや) 種別:地名 | |
| 新宿の北、現在の新町や天神町のあたり。 | |
| 新成区(しんせいく) 種別:地名 | |
| 現在の六之宮の世話町。古くは新宿に含まれる。 | |
| 神路清浄(しんろせいじょう) 種別:祭礼用語 | |
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道清めとも言われる。おいでの前に、神様の進む道を清める行事。
ささらをもった人が交互に地面を叩きながら進む。新宿が担当している。 | |
| 随神門(ずいじんもん) 種別:名称 | |
| 大国魂神社の大鳥居をくぐり、参道を拝殿方向に行くと、最初にある門。 | |
| 杉山神社(すぎやまじんじゃ) 種別:神社名 | |
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六之宮の神社。延喜式内論社。横浜市西八朔鎮座。横浜周辺には同名の神社が多数存在する。例祭は10月1日。
詳細はこちら 六所巡り 六之宮編 | |
| 鈴木新田(すずきしんでん) 種別:地名 | |
| 小平市。御本社太鼓講中がある。 | |
| 雪駄(せった) 種別:名称 | |
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男物の履物。竹の皮で編んだ表(籐で編んだ表や、蛇などの皮を使ったものもある)に、革製の底をつけたもの。かかとに金具を打ってあるため、この金具が「チャリチャリ」と鳴る。
竹の皮で編むため、竹皮の模様があるが、これが無いものの方が高価。さらに表は真っ白なものより飴色で艶のあるものが良いとされ、また、編んだ目の細かい(詰んだ)ものが良いとされる。 正装では鼻緒は白がきまり。普段用の鼻緒は、別珍や印伝、ニシキヘビの革などが使われるものもある。 | |
| 先駆警固(せんくけいご) 種別:祭り語 | |
| おいでの際の行列の一番先頭となる警固。各宮1人で白丁を着た正装でなければならない。 | |
| 総社(そうしゃ) 種別:名称、祭礼用語 | |
| 1)大国魂神社のこと。大国魂神社は「武蔵総社」とされている。 | |
| 総代(そうだい) 種別:祭り語 | |
| 各町内などの団体の責任者。偉い人。暗闇祭りに置いては総代格は赤塗りの手丸提灯(赤丸)を持つ。 | |
| ソリャ(そりゃ) 種別:祭礼用語 | |
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神輿を担ぐときの掛け声。「そりゃ・そりゃ・そりゃ」。ホイサと組み合わせて使う。神輿を揉むとき言うことが多い。
用例:「おらぁっ!!揉め!揉め!揉め!!!それっ!ソリャ!ソリャ!ソリャ!オリャ!ソリャ!」(みなさん、御神輿を揉みましょう。良いですか?揉んでください。よいしょ、よいしょ、よいしょ) 類義語:オイサ、オリャ、ホイサ | |
| た | |
| 太鼓(たいこ)・太皷(たいこ) 種別:名称 | |
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打楽器の名称である。ただし、祭り期間中は普通に「太皷」というと、神輿の先払いを勤める大太皷を指すことが多い。太皷は宮ごとに違いがあるが、主に太皷講中や愛皷会という組織で管理され、その叩き方などにも作法がある。
昔は、各太鼓がそれぞれ拝殿に収められており、お祭りの際にそれを出し入れしたらしい。6日の朝に御本社の太鼓を仕舞おうとしたところ、小人数でやっていたためか、拝殿から転がり落としてしまったことがあるとか。 また、大太鼓以外で、囃子に使う「太鼓」があるが、この場合は大太鼓を「大管」(おおかん)、締太鼓の高音側を「頭」(かしら)、低音側を「尻」(しり)と呼ぶ(府中囃子目黒流の場合) | |
| 太皷講中(たいここうじゅう) 種別:祭礼用語 | |
| 大国魂神社の大太皷を受け持つ集団。武蔵の国の広範囲にわたって人が集まってくる。なお、近年では宮によっては愛好会等に変化している場合がある。 | |
| 太皷長(たいこちょう) 種別:祭り語 | |
| 各宮の大太皷の総責任者。 | |
| 大祭委員(たいさいいいん) 種別:祭り語 | |
| 例大祭の運営の中心となる委員。各町内の役員でも上位の者(お爺さんともいう)や、奉賛会の上位の者(やはりお爺さんである)がこれに加 わる。明灰色の半纏で、襟は大祭委員と染め抜かれ、背中には菊の御門の中心に國魂の文字が入った図が染め抜かれる。実はこの歴史は新しく、昭和も戦後に なってからのもので、それ以前の運営は四ヶ町による会議を中心に行っていたらしい。 | |
| 高張(たかはり)・高張提灯(たかはりちょうちん) 種別:名称 | |
| 軒くらいの高さに掲げる、周囲を照らし、目印とするための提灯。山車には各町名を入れた物が一対取り付けられる。 また、各神輿には、宮名を入れた物が一対付く。そのほか会所等にも「××町会所」「××青年会所」といった物が取り付けられる。 | |
| 山車(だし) 種別:名称 | |
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神社の祭礼のときに引く、種々の飾り物をつけた屋台。この上で、囃子が演奏される。
山車の語源は、その中心に据えた鉾先に、編み残しの竹を垂らした籠をつけて、これを「出し」呼んだもの。 府中ではすべて山車と呼ぶが、山車と屋台は区別され、府中型のものは一般的には屋台と称されるようである。 府中の山車は青梅や所沢、川越等と違い、山車の前面がすべて踊りの舞台とすることができる。これは他所の場合、締太鼓を山車前面の高覧に据えるため、必然的に踊りのスペースが短くなるのであるが、府中の場合は締め太鼓を演奏するスペースを後ろよりにとることで、3人〜4人くらいまでであれば踊りを披露できる。 また、他所では立って演奏することが多い大管についても、府中では座って演奏するのが特徴である。 | |
| 山車小屋(だしごや) 種別:名称 | |
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山車の車庫。
山車の改修や新調があった後、初めて山車小屋に入れるとき、山車小屋に入りきらなくなったりする・・・・こんなことは実はけっこうあるらしい。 | |
| たたっこす・たたっこわす 種別:府中方言 | |
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「叩き壊す」の意。
用例:「彼奴が、たたっこしちまったんだよぅ!」(彼奴が、叩き壊しちゃったんだよ)「いい加減にしねぇと、たたっこしちまうぞっ!」(いい加減にしないと、叩き壊すぞ!) 類義語:ぼっこす | |
| 足袋(たび) 種別:名称 | |
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足の防寒などのために履く履物。草履や雪駄などを履くために、足の親指と人差し指の間が分かれている。
普通は靴下と同様にこの上から外履きを履くが、表で土足として履くための地下足袋というものもある。 ここ数年前からこの地下足袋には、お祭り用の品として、底の部分がジョギングシューズ状になったものが見られるようになった。 これを通称「JOG足袋」という。元はだんじり祭りなどで走るために作られたもののようだ。 馬鹿げているようだが逸品である。この調子でハイテク化が進むと、来年あたりにはナイキやコンバースが進出してくることも予想されるので注目する価値がある。 ・・・・かもしれない。 冗談はさておき、現在この「JOG足袋」にはかかとにエアが入った「エアJOG足袋」というものも存在するほどで、一昔前の地下足袋の辛さはだいぶ軽減されている。ただし、この「エアJOG」は足元がフワフワし過ぎ、太鼓の上に乗るときはお勧めできない。 筆者は某所で販売の「だんじり足袋(エアなしタイプ)」にソルボセインの中敷を組み合わせて使用中。 この組み合わせは、上乗りする人でも滑りにくくて安心である。 | |
| だんべぇ・だべ・だべぇ・だよ 種別:府中方言 | |
| 通常の会話の語尾につける。また、多摩では語尾が上がる傾向にある。また、「だべよ」等と使うこともある。このとき、実際には「××だべよぉ〜ぉ?」といった感じで聞こえる。「だんべ」も、「××だぁんべ」という風に使うこともあり、これらを使いこなせれば一人前。 用例:「メシにでも行ったんだんべ。」(食事にでも行ったのでしょう)「おめぇが言ったんだべよ?」(あなたが言ったのでしょう?) | |
| 秩父神社(ちちぶじんじゃ) 種別:神社名 | |
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四之宮の神社。国弊小社。埼玉県秩父市鎮座。
秩父夜祭りで有名。 詳細はこちら 六所巡り 四之宮・五之宮編 秩父神社の祭礼はこちらで | |
| ちっとんべぇ・ちぃとんべぇ・ちっと 種別:府中方言 | |
| 「ちょっと」「すこし」の意。「ちったぁ」は「少しくらい」「ちょっとは」。「ちっとんべぇ」だと「少しだけ」といった感じか。
用例:「ちったぁ勉強したらよ?」(少しは勉強した方が、良いんじゃないですか?)「ちっと、それを分けてくれぃ」(すこしで良いですから、それを 分けていただけませんか?)等。「もう一杯どうよ?」(もう一杯いかがですか?)に対して、「じゃ、ちっとんべぇで。」(少しだけお願いします)などと使 う。 | |
| 中雀門(ちゅうじゃくもん) 種別:名称 | |
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大国魂神社の大鳥居をくぐり、参道を行くと二つ目の門。拝殿手前にある赤い色の門。
五月五日のおいでの際には、この中に入れるのは白烏帽子をかぶったものか、大祭委員などの役の者に限定される。いかにして中に入り込むか、みんなが頭を使う。 現在は白い烏帽子で入門の資格を見分けるが、古い時代にはこのようなこともせず、出入りは自由であった。昭和50年代の初めに、宮出し時の混乱を避けるための処置として行われるようになった。 | |
| 提灯(ちょうちん) 種別:名称 | |
| いわゆる提灯のこと。種類は「手丸提灯」「高張提灯」「警固提灯」等がある。 | |
| 提灯調べ(ちょうちんしらべ) 種別:祭り語 | |
| 町内によって違うが、だいたい3月頃行われる、お祭り前の準備。提灯の数を調べ、壊れている物や無くなった物を、提灯屋に発注する。 | |
| ちんぼ 種別:名称 | |
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「ちんちん」「ちんこ」「ちんぽ」「陰茎」「男性器」の意。
「この寒さでちんぼが、えらちっちゃくなってらぁよ。」(とても寒いので、陰茎がとても縮んでいます) | |
| 坪之宮(つぼのみや) 種別:神社名 | |
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鹿島坂の下、下河原緑道沿いにある小さなお宮。例大祭の際、古くは国造がお参りをした。今は神官が代参という形で挨拶に行く。これを坪之宮奉幣という。小さくとも由緒のあるお宮。
初代の国造が祀られているとのこと。 | |
| 坪之宮警固(つぼのみやけいご) 種別:祭礼用語 | |
| 坪之宮奉幣に際して、番場から何人か人が出る。この際に大警固がつくのだが「大国魂神社」の警固を持ち、行列を先導する。坪之宮の役は”昔の”青年が担当する。平たく言えば年寄衆ともいう。 | |
| 坪之宮取締(つぼのみやとりしまり) 種別:祭礼用語 | |
| 坪之宮行列に参加する役員。主に”昔の”青年が担当している。 | |
| 手甲(てっこう) 種別:名称 | |
| 武装や旅支度などで、手を守るための布や革で出来た保護具。 | |
| 手丸(てまる)・手丸提灯(てまるちょうちん) 種別:名称 | |
| 手で持つ、弓のついた丸形の提灯。役によって色があり、総代は「赤丸」(あかまる)と呼ばれる赤色に塗られた物で、大祭委員クラスだと全 面が赤であり、各町内の総代クラスだと白い線がはいる。役員は白地に赤い線が入った物。一番下の物は、白無地である。また、各役名がこれにも入り、「×× 総代」「××取締」と正面に縦書きされる。 | |
| 天狐(てんこ) 種別:名称 | |
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囃子に合わせて舞う役の1つ。白い狐。
大変に神通力があるくらいの高い狐とされる。 東京○力のキャラクター「デンコ」とは違う。 また、太った人が踊ると「豚孤(トンコ)」と呼ばれてしまう。 さらに、女の子などがなよなよと踊ると「ネコ」に見える場合もあるが、けっして鰹節などを与えてはいけません。 | |
| 天王様(てんのうさま) 種別:神社名 | |
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八雲神社の項を参照。
八雲神社の祭礼はこちらで | |
| 天棒(てんぼう) 種別:祭り語 | |
| 神輿の担ぎ棒。 | |
| 十締め(とじめ・とうじめ) 種別:名称 | |
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手締めの方法。「シャンシャンシャン・シャンシャンシャン・シャンシャンシャン・シャン」の10回で締める。
ちなみに、青梅ではこれを青梅締めと呼ぶらしい。 | |
| とっかかる 種別:府中方言 | |
| 「取り掛かる」の意 | |
| とっぱずす 種別:府中方言 | |
| 「取り外す」の意 | |
| とっぱずれ 種別:府中方言 | |
| 「外れ」の意。「とっ」とつける事で言葉を強調している。 | |
| 取締(とりしまり) 種別:祭り語 | |
| 提灯を持つ役員。取締り格は、手丸提灯に赤い波線が入っており、「御本社取締」「番場取締」などの役職の文字が正面にはいる。 | |
| 豚汁(とんじる) 種別:名称 | |
| 6日の朝、番場会所で出す豚汁は旨いです。 | |
| な | |
| 中河原(なかがわら) 種別:地名 | |
| 関戸橋の北岸。「なかがわら」ではなく「なかがぁら」と発音する人が多い。古くは文字通り河川に挟まれたようになっていたとも言う。御嶽神社を村落の鎮守とする。 | |
| 中久(なかきゅう) 種別:お店 | |
| 旧甲州街道と府中街道の交差点にある酒屋さん。場所的には本町に属する。府中の市長さんのおうちである。 | |
| 中万(なかまん) 種別:お店 | |
| 今はフォーリスの中に入った文房具屋さん。 | |
| 西馬場(にしばば) 種別:地名 | |
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府中の馬場大門欅並木の西側あたり。古くは番場宿に属しており、神戸の集落に付随していたようだ。昭和32年から独立した形で分担をするようになった。
これは、片町等と同様、元はあまり人が住んではおらず、待ちとしての独立性がなかったところに、府中の町の発展と共に人口が増加し、その課程で独自性を持ちはじめたのだと思われる。 | |
| 二之宮(にのみや) 種別:名称 | |
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二之宮神輿 昭和9年に製作された。分担は四カ町のうち八幡町。
詳細はこちら 六所巡り 一之宮から三之宮編 | |
| 二之宮神社(にのみやじんじゃ) 種別:名称 | |
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)武蔵総社二之宮。あきるの市に鎮座する二宮神社。例祭は9月9日で「しょうが祭り」という。
詳細はこちら 六所巡り 一之宮から三之宮編 | |
| 貫井(ぬくい) 種別:地名 | |
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小金井市、元は貫井村といった。貫井神社を鎮守として祭る。
御本社太鼓講中がある。なんとなく暖かそうな地名だが、別段そんなこともない。 ただし、貫井の地名は、ぬくい、温かいに由来するのは事実のようだ。 湧き水が豊富なところで、水源から冬場に湯気が立ちのぼったということから、ぬくいの地名が生まれた。 貫井神社は、貫井弁天とも呼ばれ、雨乞いをすると必ず雨が降ると言い伝えられる。 ちなみに、貫井村の名主、鈴木利左衛門により小平の鈴木新田は開発されたとのこと。鈴木新田には今でも御本社太鼓講中があり、くらやみ祭りの際に太鼓を運行している 御本社太鼓講中の元を務めるのが貫井講中であるが、貫井は前述のとおり鈴木新田の各村の親村になる。くらやみ祭りで形成される「講中」の組織は、知り合い、親戚等で呼びかけあいつつ広まったと思われるが、ひいてはこうした村の形成の歴史も関わっていることにもなりそうだ。 | |
| 野口仮屋(のぐちかりや) 種別:祭礼用語 | |
| 野口仮屋の儀という、大国主命が府中に来て泊まったときの様子を再現しているという神事。その神事が行われる場所。 | |
| 野口酒造(のぐちしゅぞう) 種別:会社 | |
| 府中の地酒、国府鶴(こうづる)の醸造元。今は委託で醸造しているようだ。大国魂神社の御神酒も作っている。 | |
| は | |
| ばか・ばかやろう 種別:祭り語(?) | |
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言わずと知れた「馬鹿」の意、、、ではあるが、なぜか祭りの場では接続語や呼びかけとして使われる。
用例:「なぁんだ?ばかやろう!おめぇ!がたがた言ってねぇで、とっとと仕事しろってんだ!この!ばかやろう!日が暮れちまうぞ!ばかやろう!早く しろよぉ!ばか!」(どうしたんだい?君?そんなこと言ってないで、早く仕事をしなさい。日が暮れてしまいますよ?早くしてください)といった言葉を滑ら かにしゃべるようになれば、あなたも一人前である。ちょっと聞くと喧嘩のようだが決してそうではなく、祭り人の和やかなコミュニケーションなのだ。また、 前述のように言われたら「うっせぇ!ばかやろう!てめぇこそしっかり動けよ!このばか!腰がふらついてるじゃねえか!ばかやろう!!」(なんですか?あな たも、しっかり働きましょうよ?フラフラとしてますが大丈夫ですか?)と、いった感じで、丁寧に答えましょう。 | |
| 白丁(はくちょう)・白丁着(はくちょうぎ) 種別:名称 | |
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白布の狩衣(かりぎぬ)で、現在は神輿を担ぐ際に着用する。神輿を担ぐものの正装。あるいはその白丁着を来た人。
白丁着には個人持ちの品と、神社から借りるものがあり、後者を役白丁(やくはくちょう)と呼ぶ。正規の神輿の担ぎ手として、五月五日の中雀門内から担げるのは役白丁を着た者だけである。 なお、丁(てい)という言葉の意味には「官が徴発して使役する役夫。」という意味があり、労役を課せられた人のことである。白丁という着物は、昔は官人の奴僕などが着たものでもあり、諸官司や神社などの雑役や、貴人の従者として傘持ちや沓(くつ)持ち、馬丁等の役割を持つ者もこれを着ていた。 たとえば、雛人形等で段飾りになったものには、下段の方に使役される者の人形がある(三人組で、泣き顔、笑い顔、怒り顔になっているものもある)が彼らが着ているものも同様と思われる。 すでにこのような価値観は薄れて、神輿愛好会などが作られ、神輿を担ぐことを楽しむようにはなったが、輿を担ぐことは、いわば奴僕の仕事であった。時代の変化というのは面白いものである。 | |
| 鉢洗い(はちあらい) 種別:祭礼用語 | |
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他の土地では直会(なおらい)などと呼ぶ。お祭り後のご苦労さん会でもあり、決算発表などもやる。
と、いうより、本来は決算の場で、その後でちょっと飲むだけだったのかも知れない。 一説によると、鉢洗いの時には文字通り鉢がおいてあり、旦那衆が集まってきてその鉢にお金を入れてゆく。最後にザラザラとその鉢をあけて、そのお金で支払いをしたものだという。 ここで言う旦那衆とは古くは名主等を中心とした、いわば町の顔役=お金持ちである。大店を表に構え、使用人をおいて商売をしていた。 | |
| 八幡宿(はちまんしゅく)・八幡町(はちまんちょう) 種別:地名 | |
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東京都府中市八幡町。元は八幡宿村といい大国魂神社の社領だった。一国一宮の八幡宮がある。宿といっても宿場ではなく、農業主体の村落で、府中宿には含まれない。
一説によると、現在大国魂神社の神官をしている猿渡家が、領地としていた佐 江戸の知行が上知となり、替え地として渡されたのが八幡宿で、猿渡家の屋敷もここにあったという話がある。なお、猿渡家は後北条氏の家臣であったといい、 後北条家の命により六所に神官として入ったらしい。だとすると、八幡宿や京所等の六所神領はいわば後北条時代から猿渡家の領地であり、家康から与えられた 神領五百石も、元から猿渡家の領地であったものを安堵されたものとも言えるのかもしれない。 | |
| バッチ(ばっち)・バチ(ばち) 種別:祭り語、名称 | |
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太鼓を叩く棒。いわゆる「太鼓ばち」なぜか「バッチ」とよぶ場合がある。大太鼓のばちはヒノキ製。バットを短くしたような形をしており、これを振り上げるだけでもなかなか大変。
昔は太鼓講中などは各々手作りにしてきたという。 より大きな音を出すために、より太いものにしたり、灰を混ぜた水につけて重くしたものなどを使ったという。 これも、時代とともに喧嘩の道具にされたため太さなどの制限が加えられ、使用できる数も各太鼓につき現在は撥2膳と決められており、神社に印をつけてもらったものだけを用いることになっている。 | |
| 花(はな) 種別:祭り語 | |
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お祭りの際に、町内会等に持ってゆく、お祝い金のこと。この奉納金は誰がいくら納めたかと言うことを、お礼という意味で紙に書いて張り出される。
半紙に”のし”がつけられ、「一金○萬円也 ××様」等と張り出される恐るべきシステムである。 ちなみにお祝い金を持ってゆくことを、花を掛けるという。 | |
| 馬場大門欅並木(ばばだいもんけやきなみき) 種別:名称 | |
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大国魂神社の参道。古来より馬場として整備され、朝廷へ献上の馬はここでのテストを行ってから献上されたという。また、徳川時代には馬市がたったことから、馬場大門と呼ばれる。
府中でもっとも美しい景色は、この欅並木の京王線府中駅あたりから、5月例大祭のときに、太鼓の上から大国魂神社方向への眺めであると、筆者は断言する。欅の若葉が頭上すれすれに輝き、緑のトンネルが続く。 | |
| 囃子(はやし) 種別:名称 | |
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府中では、伝統芸能「府中囃子」のこと。祭りではもちろん、祝い事などでも演奏される。これを聞いて落ち着かなくなるようであれば、もう完全に染まっています。
ちなみに、筆者は工事の音などでドンドンという音が聞こえると、どこかの太鼓かと思って反応します。たとえ府中を遠く離れた場所でも。 | |
| 腹掛け(はらがけ) 種別:名称 | |
| 祭りの際に着る。元は職人着。ポケットがたくさんついた前掛けの様なもの。 | |
| 半纏・半天(はんてん) 種別:名称 | |
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お祭りの時に着る衣服。祭半纏(まつりばんてん)のこと。襟に町名や所属する会の名前などが入る。法被(はっぴ)とも言うが、そう呼ぶと素人と思われるので注意
半纏は自身の所属を明確にする働きもあり、喧嘩の時はとっても大事で、敵味方の識別標識に使用される。 半纏の材質は綿が一般的で、綿紬や綿絽などが使われる。ものによっては絹やレーヨンなどで作られたもの、火消し等が使う刺し子、あるいは鹿革などの革製のものもある。 火消しの使う半纏は綿のものでも丈が七分と長い。これが火消しの粋をあらわすものだという。 通常半纏は一反で二着できる(だから半纏)のだが、火消しの半纏は一反で作ると半端が出てしまう。この半端は惜しみなく捨ててしまう所が粋なのだという。 背に背負う大紋や襟に入れる名前などに関しては、明確なルールは無い。しかし、すでに使用されているようなものは避けるのが常識となっており、場合によっては紛争の種ともなる。 | |
| 番場(ばんば)・番場町(ばんばちょう) 種別:地名 | |
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府中四ヶ町のひとつ。古くは府中三町のうち、番場宿の中心地にあたり、脇本陣(後年は本陣も務めた)もここにあった。宿場の中心として商店も多く、いわゆる「旦那衆」が多く住んでいた。現在の宮西町三丁目から五丁目にかけての一帯であり、御本社・一之宮の元講。
番場宿にはこの中心地以外に神戸・片町の小名が上がっており、神戸は古くから一集落としての独立性があったようだ。野村瓜州の四人部屋などは神戸にあり、商店も集まっていた。 明治の中頃までは片町は番場に付随する形で、祭礼の経費なども初期は番場と神戸が折半し、片町分は番場の分に含まれる形となっていた。片町の場合は宿地としては外れの方に位置し、中心地である番場町に住む人の耕地などが多かったためであろう 分担金に関して言えば、現在の西馬場などは名前は出てこないものの、おそらく神戸分に含まれていたのだろう。逆に言えば人口も少なく、西馬場分と 呼ぶほどの、まとまったものはなかったのではないかと思われる。片町については、外れに寄っているとはいえ甲州街道沿いであり、西馬場よりは人口があった と思われる。しかし、この頃は実質的に番場の経済基盤に依存する部分も大きかったため、番場分の一部という形を取ったのだと考えられる。 なお、片町は明治時代の後期となると独立性を持ち始め、昭和32年に西馬場が独立して分担するに至るまで、番場、神戸、片町の三ヶ町による御本社・一之宮神輿の分担が行われていた。 | |
| 番場屋(ばんばや) 種別:おみせ | |
| 番場にあるお店。忘年会・新年会・クラス会等々宴会のご用命はこちらへ。ここの2階に「ラ・バンバ」というパブもあり。名前がじつによい。 | |
| 東馬場(ひがしばば) 種別:地名 | |
| 欅並木の東側。伊勢丹を抱える商業地域となっている。新宿の一部。 | |
| 氷川神社・氷川大社(ひかわじんじゃ・ひかわたいしゃ) 種別:神社名 | |
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さいたま市の大宮に鎮座する、旧官弊大社。武藏国の一之宮とされるが、六所宮の序列では三之宮。
詳細はこちら 六所巡り 一之宮から三之宮編 よく、小野神社と氷川神社でどちらが本来の一之宮かという議論がなされるが、六所の一之宮は小野神社で間違いない。しかし、六所の一之宮と違い、各国の一之宮の定義はあいまいであり、その国の一之宮と称する宮は時代によって変化・あるいは互いに自称して、並立するような場合もある。 これは、なにをもって一之宮とするかという定義があいまいで、かつ公的なシステムではないがためであると推察する。 では、どのようにして一之宮と呼ばれるようになったか。これはそのときその地域で大きな神社、あるいは力のある神社を、民衆による番付のように一之宮と呼ぶようになり、それが広まって、各地の一之宮が認められていったのだろうと思われる。 実際に、氷川神社が武蔵国の一之宮として何か特別な待遇を受けたのは、明治以降といわれ、明治天皇が参拝されて後であるという。 | |
| 筆者(ひっしゃ) 種別:名称 | |
| このページを管理してる人。 | |
| 人見・人見村(ひとみ・ひとみむら) 種別:地名 | |
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三之宮講中。浅間山近辺の古くからの部落。昔、三之宮神輿は大宮から人見にきて、ここで府中からの迎えを受けたという。
鎮守に稲荷神社(人見稲荷)を祀り、また浅間山頂上には浅間神社があり、こちらも同時にお祀りしている。 | |
| 笛(ふえ) 種別:楽器 | |
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管楽器の一種。いわゆるホイッスル等の合図に使うようなものもあるが、お祭りの時に指すのは、囃子に使う「篠笛」のことが一般的だと考えていい。
府中でこれを吹くと、コブラは踊らないが獅子は踊る。 | |
| 人見村(ひとみむら) 種別:地名 | |
| 府中の北東。人見街道が通る。古戦場。「人見の合戦花絵巻」と、郷土カルタに出ている。人見稲荷を氏神としている。三之宮講中。 | |
| 被布 (被風)(ひふ)・被布(被風)半纏(ひふばんてん) 種別:名称 | |
| 半纏の上に重ねて着る防寒具。半纏コート。 | |
| 平バチ(ひらばち) 種別:祭り語 | |
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大太鼓を叩くときの方法。ばち全体を皮面に平行に当てる。従って、叩き手の手も皮に当たるため、皮が擦り剥けて血が出ることが多い。このため、皮の手袋を着用することもある。
また、平バチは近くで聞くと大きな音に聞こえるが、音が濁る(=ノイズ成分が多い)ため遠くまでは音が届かない。初心者向き。 | |
| 府中(ふちゅう) 種別:地名、名称 | |
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東京都府中市のこと。
ただし、単に「府中」という場合は、市域全域ではなく四カ町の区域と考えるほうがしっくりと来る。府中市内といっても古くからの部落が多く、各地域に地域性が強いためであろう。 ・略史 645年 大化改新。武蔵国の国府が置かれる。 1602年 甲州道中(甲州街道)整備に伴い、府中宿が置かれる。 1868年 韮山県設置、市域の南西部が県域になる。残りは武蔵知県事所管となる。 1869年 品川県設置、市域の南西部を除き、県域となる。 1871年 廃藩置県。順次神奈川県に編入。 1878年 多摩郡分割。市域は北多摩郡域となり、北多摩郡役所が府中に置かれる。 1880年 市域中心部の3町2村(本町、番場宿、新宿、八幡宿村、屋敷分村)が合併して府中駅となる。 1889年 市域東部8か村が合併。多磨村になる。西部3か村が合併。西府村になる。府中駅は名称を変えずに町制施行。 1893年 三多摩(北多摩、南多摩、西多摩)郡が東京府に編入。府中駅は府中町に改称。 1910年 東京砂利鉄道(後の国鉄下河原線)開通。 1913年 電話開通。 1916年 京王電気軌道(現京王線の一部)開通。 1922年 多摩鉄道(現西武多摩川線)開通。 1925年 玉南電気鉄道(現京王線の一部)開通。 1929年 南武鉄道(現JR南武線)開通。 1943年 東京府が東京都と改称。 1954年4月1日 府中町、多磨村、西府村が合併。市制施行。府中市となる。 1956年 新甲州街道東府中 - 本宿間開通。 1961年 新甲州街道東府中 - 調布間開通。 1973年 国鉄(当時)武蔵野線開通。下河原線を廃線。 | |
| 府中宿(ふちゅうじゅく) 種別:地名、名称 | |
| 東京都府中市の中心部で、本町、番場宿、新宿の府中三宿から成り立つ甲州街道の宿場。 | |
| 府中三宿(ふちゅうさんしゅく)・府中三町(ふちゅうさんちょう) 種別:地名、名称 | |
| 本町、番場宿、新宿の府中宿を構成する3つの宿場のこと。 | |
| 府中囃子(ふちゅうばやし) 種別:名称 | |
| 大国魂神社を挟んで西が目黒流、東側が船橋流と、異なった2つの流派が継がれている。2つの流派は使用する楽器等は同じ。「大太鼓」「締 太鼓(高音)」「締太鼓(低音)」「笛」「拍子木」「すりがね」で構成され、「獅子」や「天狐」「ひょっとこ」「おかめ」等が、曲に合わせて舞う。 | |
| 船橋(ふなばし)・船橋流(ふなばしりゅう) | |
| 府中囃子船橋流のこと。千歳船橋を起源としているが、さらにいえばこれも目黒囃子を源流とする。 | |
| 分梅(ぶばい)・分倍(ぶばい)・分梅河原(ぶばいがわら)・分倍河原(ぶばいがわら) 種別:祭り語 | |
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府中市分梅町。古くは鎌倉の北条方と朝廷方の新田勢との戦い、分倍河原合戦の舞台ともなった。本町の小名に挙がる部落で、部落鎮守として八雲神社をまつる。
分梅の祭礼はこちらで | |
| 部落(ぶらく) 種別:名称 | |
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関西で部落というと、=被差別部落や被差別民を指すなど誤解を受ける。府中のあたりでは部落=集落である。新編武蔵風土紀などに挙げられる、村や宿の小名として挙がっているものが、だいたい部落とよばれるものに相当すると考えて良いだろう。
人により誤解を受ける、あるいは世間にはこういうことでどうしても「誤解したがる人」がいるので念のため説明しておく。 | |
| ふんだくる 種別:府中方言 | |
| 「奪い取る」「分捕る」の意。 | |
| べ・べぇ・べよ・べな 種別:府中方言 | |
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語尾にこれらの言葉をつける。無線会話の「どうぞ」等と同じく、相手に話す権利を譲る。「べよ」も「だべ」等と同じで様々なバリエーションがあるが、語尾が上がるのは多摩風の会話の鉄則。
用例「腹減ったなぁ、メシでも行くべ?」(お腹が空きましたね、食事に行きませんか?) | |
| ヘルメット(へるめっと) 種別:名称 | |
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頭部を防護するためにかぶる、鉄や強化プラスチック等でできた防護用の帽子。鉄製のものなどは鉄兜などとも呼ばれる。
なぜこの用語集に出ているか不審に思う向きもあるであろうが、くらやみ祭でも昭和30年代から40年代ころと思われる写真にはヘルメットをかぶって参加している様子が多く残っている。 多分。「実戦向け」の用途であったろうことは想像に難くない。 | |
| ホイサ(ほいさ) 種別:祭礼用語 | |
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神輿を担ぐときの掛け声。「ホイサ・ホイサ・ホイサ」。神輿以外でも、府中の男子が力を出すときの掛け声として使われることが多い。一般的(?)な掛け声の「よいしょ」等と同じような使い方をする。
古くは府中では「わっしょい」が掛け声として使用されており、ホイサは東京区部から入ってきたものであるようだ。
用例:「おらぁっ!!上げんぞっ!!それっ!ホイサ!ホイサ!ホイサ!」(みなさん、御神輿を上げましょう。良いですか?上げてください。よいしょ、よいしょ、よいしょ) 類義語:オイサ、オリャ、ソリャ | |
| ぼっこす・ぼっこれる 種別:府中方言 | |
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「ぶっ壊す」「ぶっ壊れる」「壊す」「壊れる」の意。
用例:「おめぇが、ぼっこしちまったんだろう?」(お前がぶっ壊したのだろう?)「そんなにしてると、ぼっこれちまうぞ?」(そんな風にしていると、壊れちゃうよ?) 類義語:たたっこす | |
| ぽっぽ 種別:府中方言 | |
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「ふところ」の意。懐というとピンとこないが、昔は着物のたもとに小銭を入れたりしていた。その様子を想像すればなんとなく語源が判る。
念のためだが、鳩ポッポとは関係ない。 | |
| 堀端鈴木(ほりばたすずき)・堀端鈴木新田(ほりばたすずきしんでん) 種別:地名 | |
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現在の小平市辺りにあった村落名。鈴木新田に含まれ、御本社太鼓講中がある。
鈴木新田は、武州多摩郡貫井村(現小金井市)の名主、鈴木利左衛門により開発された新田。 範囲は上鈴木(上水本町)、下鈴木(鈴木町1、2、花南11〜3)、野中新田善左衛門組(花小金井1〜6)堀端鈴木(御幸町)からなる。 | |
| 本バチ(ほんばち) 種別:祭り語 | |
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大太皷を叩くとき、自分の手を皮面に当てずに叩く方法。平バチよりも難しい。バチの先だけで叩くため、叩きようによっては皮を破る可能性が高くなる。またインパクトのあとの跳ね返りが、平バチより制御しづらい。さらに、手を当てずバチの先を三分の一ほど並行に当てるような形をとるため、この加減が難しく、本当に先端だけで当てれば音が出ず、かといってバチと皮の接触をなるべく多くとろうとすると、手もあたって平バチになってしまう。
音に関しては近くで聞いた場合は、音が平バチにくらべて小さく聞こえるが、音が濁らず、平バチよりも遠くまで音が通るという。このことから「本バチは遠音」(ほんばちはとおね)という。昔は騒音が少なかったせいか、5月の例大祭の太鼓の音は、新宿や世田谷あたりまで聞こえたというが、現在はビルなども多く、音が遠くまで伝わることはない。このせいか、現在は派手に音が出る平バチが主流である。 しかし、この本バチで上手に叩く人というのは、判る人からは一目置かれる存在である。 | |
| 本宿(ほんしゅく) 種別:地名 | |
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府中の西、元は本宿村と呼ばれ、現在は府中市本宿町となっている。部落の鎮守は熊野神社。大国魂神社の例大祭では四之宮に参加。
元々は本宿村の中心はハケ下に広がり、小野宮こと小野神社を鎮守としており、その中心は甲州古街道(江戸時代以前の甲州街道)沿いにあったという。おそらくはこの時代は宿地としての機能を持っていたのではないだろうか。 | |
| 本町(ほんまち) 種別:地名 | |
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府中宿でもっとも古い宿場。現在の町名の本町とは、いささか範囲が異なる。府中街道に面した町で、上組、中組、下組といった具合に別れている。
本町上組は御霊宮太鼓、中組は御霊宮、下組は四之宮を分担している。 本町の小名に矢崎・分梅・芝間等があり、こちらは近郊農村部で、それぞれ部落の鎮守を別に祀っている。矢崎には矢崎熊野神社、分梅には八雲神社、芝間には芝間稲荷があり、府中宿本町に含まれてはいても、独立性を持つ地域であった。 | |
| ま | |
| 祭り・お祭り(まつり・おまつり) 種別:名称 | |
| 府中で単に「お祭り」といえば、筆者もこよなく愛する「くらやみ祭」を指す。 | |
| まつり 種別:名称 | |
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北島三郎が唄う名曲。替え歌府中版も多くの人が勝手に作って勝手に歌っている。
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| 祭り好き(まつりずき) 種別:名称 | |
| これを読んでいる、あなたみたいな人を指していいます。 | |
| 祭り好きの隠れ家(まつりずきのかくれが) 種別:名称 | |
| 今あなたが読んでいるこのページ。くらやみ祭りを愛する読者に支えられてます。 | |
| 松里屋(まつりや) 種別:屋号 | |
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美味しいお蕎麦屋さん。お祭りムードがたっぷりです。
ご主人は欅若連の初代メンバー、一家揃ってお祭りをされてます。 | |
| 丸山(まるやま) 種別:名称 | |
| 丸山笛、京都の笛師、俣野眞龍がこの銘を使用している。獅子田の流れを組むといい、このほか獅子田銘を使用する笛師の中にも、獅子田銘だけでなくこの銘をあわせて使う人もいるようだ。 | |
| 万灯(まんどう) 種別:名称 | |
| 府中では、各町の青年会が製作する花万灯(はなまんどう)を、5月4日に万灯大会で、その美しさを競う。なお、祭の場では「まんどう」ではなく「まんど」と発音されることが多い。 | |
| みかざし 種別:祭り語 | |
| 御本社神輿後方につく、太く長い青竹の先に榊をつけたもの。御本社神輿の後ろから、神輿の鳳凰から屋根の辺りを扇ぐように振る。重要な役目ではあるが、大変なので人気度は低い。 | |
| 神輿(みこし) 種別:名称 | |
| おみこしのこと。 | |
| 神輿長(みこしちょう) 種別:祭り語 | |
| 各宮の神輿の総責任者。もちろん偉い人。輿長(こしちょう)とも呼ぶ。 | |
| 道清め(みちきよめ) 種別:祭り語 | |
| 神路静淨を参照。 | |
| 宮乃盗_社(みやのめじんじゃ) 種別:神社名 | |
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大国魂神社境内にある神社。安産の神様であり、武藏国にとっても重要な神社のようだ。御本社神輿は渡御の際に、この神社に対して挨拶をしてから御旅所へ向かう。
大国魂神社公式HPによると天宇受売命(あめのうずめのみこと)他二神をお祀りしている。 しかし古い文献では須勢理比刀iすせりひめ)・奇稲田比刀iくしなだひめ)・木花咲耶比刀iこのはなさくやひめ)となっている。 このお宮の古い社殿は昭和41年9月25日の台風により、倒木で潰されてしまったが、。つぶれたお宮は、寛文7年の本殿造営の際の仮宮を再利用したものだったという。 | |
| 宮本卯之助(みやもとうのすけ) | |
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東京都台東区の浅草にある。神輿や太鼓をはじめ、付属品を製造販売している。
大国魂神社では、四之宮神輿、御霊宮太鼓、御本社太鼓が宮本で製作された。 昔、太鼓の製作は大国魂神社の東側の町内(二之宮・三之宮・五六之宮)は南部屋で、神社の西側の町内(御本社・一之宮、御霊宮・四之宮)は宮本に出していた。 近年、大太鼓はほとんど作っていないようで、石川県の浅野に押され気味であるが、井草八幡神社の太鼓を作っている。また古い太鼓は宮本製が多く、大国魂神社の御本社太鼓、御霊宮太鼓をはじめ、世田谷区喜多見の氷川神社、練馬区大泉学園の北野神社、稲城市平尾の杉山神社等でもまだ現役で使われている。 | |
| 明神様(みょうじんさま) 種別:名称 | |
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大国魂神社は古来より六所明神と呼ばれ、明神様と呼ばれていた。
明神とは延喜式などでは名神と書き、特に神威のある神社を示す。 また、「明神」といえば、番場町の半纏の大紋となっている。 筆者の知るものの中で、番場町の町内半纏としては茶色地に白の吉原格子の入った半纏がある。これは筆者の家にあるものは祖父の着たものであり、おそらく、このデザインのものが、番場の町内の半纏としてはもっとも新しいものであろう。 現状では五ヶ町半纏という、番場・神戸・片町・西馬場・屋敷分の統一半纏があり、これが番場の町内半纏も兼ねている状態になっている。 これは、この半纏が作られるようになって、正式な場では五ヶ町半纏着用となっており、以来、町内の半纏は着る機会が少なくなったため、事実上五ヶ町半纏が、番場の町内の半纏となっていったものであろう。 このことにより、純粋な意味での町内半纏は作られることが無くなり、現在は明神の大紋を使用した半纏は町内は使用していない。 現在は、この大紋を使用する半纏は、番場青年のものと囃子連のものが残るのみとなっている。 | |
| 村田屋(むらたや) 種別:お店 | |
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番場宿にあった旅館。「諸国商人御宿」の看板を掲げた旅籠屋。
当家が府中に移り住んだ時期の詳細は不明だが、墓所には現在判明しているもので元禄2年(1689年)の年号を刻んだものがあることから、少なくともその頃には府中にいたものと考えられる。 したがって、すでに300年は府中の地に根を下ろしてから経過していることになる。 当家の出身は、言い伝えによると元は九州の出という。 桓武平氏秩父氏(武蔵七党秩父党)から出た渋谷氏は九州に行った者があり、その中から出た入来院氏の流れに当家と同姓を名乗る者がある。 他には肥前の国に藤原家から出た少弐家の一門の流れに、当家と同姓を名乗るものがある。 これらがさらに分かれて広まり、九州には当家と同姓を名乗る家が比較的多い。 村田屋は、江戸期当時の府中宿にあった他の店と同様、耕地をもち半農半商の形態をとる。 耕地は七反(一反=300坪・七反=2100坪)と、耕地としてはさほど多くはない。 当主は代々「利左衛門」を名乗り、子息には「仙」の字を用いて、長男から「仙太郎」次男は「仙次郎」と名乗る習慣があったようだ。 証拠として明治時代の当時の戸籍謄本で近代の戸籍簿を作った最初の時点のものと思われるものには、戸主は仙太郎の名があり、その父は隠居した形で存命中であったものと思われ、仙太郎父「利左衛門」の名が見える。その利左衛門の欄には、利左衛門三男とされており、利左衛門の父も利左衛門であったことがわかる。このことから、江戸期において代々の名乗りを継ぐ習慣があったことが推察される。 また、少しさかのぼり、天保六年の府中の大火の後の被害を記した図面や弘化二年頃の書類にも番場宿の旅館主人として利左衛門の名が残されており、代々名乗り名を継いでいた事がわかる。 村田屋が旅館を営んでいた古い屋敷は江戸の末の造作と思われ、おそらく天保六年の大火の後再建したものではないかと思われる。この建物には言い伝えがあ り、裏手に位置した座敷は侠客「小金井小次郎」の家を移築したもので、甲州街道を引っ張って持ってきたのだというが、信憑性は定かではない。 宿としては諸国商人はもちろん、明治から大正への時代には多摩川を筏で下る筏師の宿などにもなっていたようだ。 余談になるが、大国魂神社の例大祭でも府中の宿場では賭場が立ち、多くの客が集まったという。古い時代は鎮守の祭りとなればどこでもそのようなことがあったようだが、特に武州と上州は天領であり、さらに府中は藤屋万吉や小金井小次郎のような親分がいたことから、おそらく盛んであったと思われる。 その古くからにぎわった、例大祭での最後の賭場がたったのが村田屋であったという。 時代的には昭和初期で、村田屋にあった蔵の二階で行われていたという。このときは手入れが入り、貸元と共に旅館の主人も縛されたらしい ここに府中宿の時代からつづく、お祭りの御開帳は絶えたという。 なお、このときの主人は異例とも言える25年もの間、番場町の総代を務め、また府中町議会議員、町議会議長、第一期の府中市議会議員も勤めた。 村田屋は昭和40年代まで営業をつづけたが、武蔵野線工事の際に路線工事にあたってしまい、それを期に閉店した。家紋は丸にカタバミ。 | |
| 目黒(めぐろ)・目黒流(めぐろりゅう) | |
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府中囃子目黒流のこと。目黒囃子を起源とするが、府中の目黒流はその原型である目黒囃子とはだいぶ様子が異なっている。
府中の目黒流の歴史は、本町が一番最初に囃子をはじめたといい、これが明治末から大正頃と思われる。このあと、囃子は番場へ伝わり、そこから片町へと繋がってゆくという。 このほか、本町からは本宿や矢崎等へも伝授され、また、番場からは貫井(貫井囃子はいったん伝承が途絶えてしまったため再興するときに番場より伝授)や多摩の一ノ宮などへ伝わっている。 府中囃子目黒流では屋台(やたい)・鎌倉(かまくら)・国堅(くにがため)・四目(しちょうめ 師調目とも書く)・仁羽(にんば 印旛とも書く)の5曲が伝承されているが、本家の目黒囃子には昇殿(しょうでん)・宮昇殿(みやしょうでん)と称する曲があり、過去には府中でも囃されていたという説もあるが、現在の府中には伝わっていない。 | |
| もす 種別:府中方言 | |
| 「燃やす」の意。 | |
| 元講(もとこう) 種別:祭礼用語 | |
| 「大元の講中」が詰まった言葉であろう 。 | |
| 揉む(もむ) 種別:祭礼用語 | |
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神輿を激しく揺さぶること。神輿を揺することで神威は増す。
用例:「揉め揉め揉め揉め!!オリャオリャオリャオリャ!!」(御神輿を揉みましょう!) | |
| 股引(ももひき) 種別:名称 | |
| お祭りの時身につける。元は職人が着ていたもの。 | |
| や | |
| 役太鼓(やくだいこ) 種別:祭り語 | |
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御先払太鼓と御霊宮先払太鼓は、特に役太鼓とされている。
これは、古い時代先払いを勤める太鼓は、この二張りだけであったためと思われる | |
| 役白丁(やくはくちょう)・やくばく 種別:祭り語 | |
| 白丁の項を参照。「やくばく」とは役白丁(やくはくちょう)の略語。 | |
| 八雲神社(やぐもじんじゃ) 種別:神社名 | |
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東京都府中市。分梅の部落の鎮守。素戔嗚尊を祀る。
この神社は天王様とも呼ばれ、元は牛頭天王を祀っていたものであろう。牛頭天王は素戔嗚尊と同神とされ、牛頭天王を祀る宮は神仏分離の際に八雲神社や八坂神社と名を変えている。 牛頭天王は厄病の神様で、疫病除けの祇園会は京都の八坂神社をはじめとして、7月中に行われる。ここも類に漏れず7月の例祭である。 八雲神社の祭礼はこちらで | |
| 屋敷分(やしきぶん) 種別:地名 | |
| 府中市片町の西。現在の美好町のあたり。江戸期には屋敷分村。浅間神社を村落の鎮守とする。明治時代廃村届けを出し、希望により府中町(当時は府中駅)と合併した。大国魂神社例大祭には講中として客分として参加していたが、昭和53年に御本社神輿の分担町に迎え入れられた。 | |
| 矢崎(やざき)・矢崎町(やざきちょう) 種別:地名 | |
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本町の小名に挙がる部落で、矢崎熊野神社が本来の部落鎮守であろうと思われるが、すでに祭祀は絶えているという。
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| やっかむ 種別:府中方言 | |
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「ねたむ」の意。
用例:「あらぁ、やっかみ半分だいなぁ。」(あれは、半分は妬んでのことですよね。) | |
| やっこい・やらかい 種別:府中方言 | |
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「やわらかい」の意。多摩以外でも通じる場所はある模様。
用例:「この肉は、ずいぶんとやっこいねぇ」(このお肉は、とっても柔らかいですね) | |
| やっとこさ 種別:府中方言 | |
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「やっと」「ようやく」の意。
用例:「やっとこさ、この重てぇのを運んできただ。」(ようやく、この重たいものを運んできました。) | |
| やっちゃっちゃぁ 種別:府中方言 | |
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「〜してしまっては」の意。
「 そんな風に、やっちゃっちゃぁダメよ。」(そんな風にしてしまっては、駄目ですよ) | |
| 柳原(やなぎはら) 種別:地名 | |
| 府中市東部に位置する現在の小柳町の一部。小柳の地名は小田分と柳原の頭の字を取ってつけられた。 | |
| ゆすぶる 種別:府中方言 | |
| 「ゆらす」の意。 | |
| ゆんべ 種別:府中方言 | |
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「昨夜」「ゆうべ」の意。
用例:「ゆんべは、くたぁびれたからよぉ。」(昨夜はとっても疲れたからね) | |
| ようかぞ 種別:名称 | |
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八日憎(ようかぞう)が元の意と思われる。12月8日にひとつ目小僧がやってきてその家の人々の悪い行状を調べ、帳面に記してゆくという。そしてその帳面が重くて持って帰れないほどになるので、一つ目小僧は道祖神に帳面を預けてゆき、2月8日にとりに来るという言い伝えがある。この言い伝えを元にした行事を「ようかぞ」という。 この行事は、一つ目小僧が来ないように、家の軒に目籠をつるすというもので、これは一つ目小僧は目を怖がるからだという。古くから目には魔よけの効力があると信じられていた。このことから、魔よけとして、一つ目小僧を追い払うために目がたくさんある目籠をつるすようになったようだ。 この目籠をつるすというのは通常12月8日に行われるようだが、くじ之宮の項で説明したように、2月8日のくじの宮のお祭りにも、ようかぞの目籠をつるす行事を取り入れたと思われる風習があった様だ。 これは2月8日が一つ目小僧が再度来る日と重なるからであろう。くじの宮のお祭りに立てる幟竿の先端に目のある籠状の玉を取り付けることをしていたという。 推測ではあるが、ようかぞの一つ目小僧は重くなった帳面を道祖神に預ける。小正月にはどんど焼きという、わらで作った山を燃やす行事が行われるのだが、こうすると道祖神は、2月8日に一つ目小僧が帳面を取りにきたときに、近所で火事があって帳面が焼けたと答えるとされている。 府中でも押立などは今でもこのようなどんど焼きの風習があるが、家の増えた町場で行えるような行事ではない。特に、昔の消防のしっかりしていない時代の町場では難しいであろう。 なので、どんど焼きをやらない代わりに、また2月8日にも籠を用意して一つ目小僧を追い払おうとしたのではなかろうかと筆者は推察する。 | |
| よかない・よかねぇ 種別:府中方言 | |
| 「良くない」の意。 | |
| よかべぇ・よかんべ 種別:府中方言 | |
| 「良い」「良いだろう」の意。多摩以外でも通じる場所はある模様。 | |
| よっぴいて 種別:府中方言 | |
| 「夜通し」の意。 | |
| 四谷・四谷村(よつや・よつやむら) 種別:地名 | |
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府中市西部の部落。4軒の家が集まった集落だったため四屋と呼ばれ、転じて四谷になったという。
三社宮神明社を鎮守として祀る。 | |
| 四之宮(よのみや) 種別:名称 | |
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1)四之宮神輿 昭和9年に製作された。本町下組が分担。分梅などが四之宮講中として加わる。
詳細はこちら 六所巡り 四之宮・五之宮編 秩父神社の祭礼はこちらで 2)武蔵総社四之宮。秩父市に鎮座する秩父神社。 詳細はこちら 六所巡り 四之宮・五之宮編 秩父神社の祭礼はこちらで 四之宮で思い出したが・・・。昔、本町にたいそうな祭り好きがいたという話しで、そのお祭りが好きな人の家に役人が来て「戸主(こしゅ)はどこだ?」と聞いたという。 そのとき、その人は「輿(こし)は四之宮だ」と答えたらしい。 聞き間違えも困るが、年中お祭りのことを考えてるとこうなる。よい見本といえる。 追記 読者の方の情報で、「輿は四之宮です、たまにゃ〜御霊も担ぎます」と答えたという説もある。 | |
| よんど 種別:府中方言 | |
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「よほど」「どうにも」「どうしようも」の意。
用例:「よんどしょがなきゃ、隣から借りちめぇよ」(どうにもしようがないなら、隣から借りてしまいなさい。) | |
| ら | |
| 蘭情(らんじょう) 種別:名称 | |
| 笛師。鼓童等で使用されるなど、近年評価の高い作者。太めで厚手の竹を好んで使用し、太鼓に負けぬ音量が出せるという。 | |
| 蝋燭(ろうそく) 種別:名称 | |
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今となっては普通は仏壇や神棚以外では使わないが、くらやみ祭りでは非常に重要な品。
これがないと提灯も役に立たない。 | |
| 朗童(ろうどう) 種別:名称 | |
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笛師。天賦流という調律で、同じ号数であれば獅子田銘の笛より若干音が低い。
先代は名人として知られ、その作品はプレミアがついている。 | |
| 六社(ろくしゃ) 種別:名称 | |
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六社明神=大国魂神社を指す。
また、御本社・一之宮の分担をしている五カ町(番場・神戸・片町・西馬場・屋敷分)の半纏の代紋でもある。 | |
| 六社会(ろくしゃかい) 種別:名称 | |
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番場にある、番場屋の御主人らによって作られた太鼓の愛好会。今では、大国魂の太鼓のうち御先払、二之宮、御本社、御霊宮の太鼓に支部がある。
このほか、現在は各部落にも支部があり、四谷、中河原、といった地域単位に支部が置かれている。 | |
| 六社明神(ろくしゃみょうじん)・六所明神(ろくしょみょうじん) 種別:名称 | |
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大国魂神社のこと。武蔵国の主だった6つの神社を併せ祀ったことからこう呼ばれる。
なぜ六なのか。六社・六所の意味を探り出すときりはないが、全国的に六所神社・六所宮と称する神社は存在する。また、多くの場合、その国の総社(惣社)を兼ねてもいる。 これは、古い時代において、六という数字はすべてを表している数字なのだという。つまり、天地東西南北の6つで「すべて」という意味になる。つまり、このことから六社を集めれば、すべての神社を集めたのと同じ意味になるのである。 類義語:六所宮 | |
| 六所宮(ろくしょみや・ろくしょぐう) 種別:名称 | |
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大国魂神社のこと。武蔵国の主だった6つの神社を併せ祀ったことからこう呼ばれる。
類義語:六社明神 | |
| ろくすっぽ 種別:府中方言 | |
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「ろくに」「十分に」の意。
用例:「ろくすっぽ考えちゃぁいねぇだよ」(十分に考えてはいないですよ) | |
| ろっぷ・ロップ 種別:祭り語? | |
| 「ロープ」の事。鳶等で使われる言葉か?祭りの場ではロープとは言わずに、ロップという。 | |
| 六之宮(ろくのみや) 種別:名称 | |
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1)六之宮神輿 明治34年に製作されたといわれる。五之宮とは兄弟神輿といわれた。もとは新宿分担だったが、現在は東馬場と新成区が担当している。
詳細はこちら 六所巡り 六之宮編 2)武蔵総社六之宮。横浜市に鎮座する杉山神社。例大祭は10月1日。 詳細はこちら 六所巡り 六之宮編 | |
| わ | |
| 草鞋(わらじ) 種別:名称 | |
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草鞋は昔の旅人などが履いた、わらで編んだ履き物で、草鞋掛けという足袋の上から着用する。昔は素足に草鞋という人もいたらしい。想像するに、痛そうである。
「草鞋を履く」と言えばその土地にいられなくなった者が逃げ出すことを指すが、お祭りの時は普通に履いている履き物。お祭りの際、これをビニールのヒモで自作する人が居る。丈夫で切れにくいらしい。 また、昔は府中のお祭りに来た講中たちが、お祭りのあとに、切れて落ちている草鞋を拾い集めて帰り、田畑の肥やしにしたというが、これは豊作祈願の意をこめたものだと推察される。 |
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