明治30年ころに新調。
非常に珍しい、唐破風の屋根を持つ変わった形式の神輿。
御霊宮は本町中組が分担している。
先代の御霊宮神輿も唐破風の屋根を持っていたそうだ。
ただ、唐破風でも本当に、小さなお宮をそのまま神輿にしたような形である。
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御霊宮
大国魂神社 東京都府中市鎮座 (旧官弊小社) 祭神:大国魂大神 御霊大神 国内諸神 小野大神 小河大神 氷川大神 秩父大神 金鑽大神 杉山大神 御霊宮は御霊信仰によるものという説があり、無念を抱いて死んだ人が怨霊となるのを慰めて防ぐという事らしい。 また、御旅所において御霊宮に備える神饌が八つであることから、素戔嗚尊だとも言われるそうだ。 というのは素戔嗚尊には八人の王子が居たからだそうで、東京の八王子の名の由来もここから来ているという。 八王子の歴史を紐解くと、元は北条氏照が八王子に城を築き、ここに八王子権現を城の守り神として置いた事に始まるという。 八王子権現=牛頭天王(ごずてんのう)で、この牛頭天王は素戔嗚尊と同一とされることから、上記のような解釈がなされるのであろう。 さらに、江戸名所図会等の資料によると、六所宮には大己貴命の父祖の神として素戔嗚尊を合わせ祀るという記述が有る。 だから、これもあながち間違いとはいえぬのではなかろうか。 他に御霊宮に関しては、主祭神である大国主命の妃神、または妾の神という話がある。 筆者も子供の時分には祖父よりこの話を聞いたことがある。 御霊宮は大国主命のお嫁さんの神様であると。 小さい子供に妾ということは伝えづらかったであろうから、妾を妻に置き換えて説明した可能性も高いだろう。 代々大国魂神社の宮司家を務める猿渡氏が大正時代に書いた「武蔵国府名蹟誌」に、「古老の伝説に下女郎ともいい手、本宮大國魂大神の妃神なる由伝ふれど、今確証なければ、之を詳にすること能ず。」 と、書いてあるので確かにそういうことも言われているが、これも定かではあるまい。
・御霊信仰について 2005/1/7追記
上御霊神社:桓武天皇、早良親王、他戸親王、井上内親王、藤原吉子、橘逸勢、文室宮田麻呂、菅原道真、吉備真備を祀る。
京都の上御霊神社も下御霊神社も、御霊という名をそのまま使うところから解るとおり、御霊信仰の神社である。
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